ボレロ 第二部 -新世界ー
そこは、お客さまが必ず足を止め感嘆の声を漏らす場所になっていた。
素焼きの大きな鉢に、隙間なく花木が植え込まれた一対の寄せ植えはそれは見事なもので、煌くシャンデリアやホールのしつらえにも負けない存在感がある。
お客さまの中には 「どちらの華道家の作品ですか」 と聞いてくる人もいて、それほど華やかな作品に仕上がっていた。
「こんばんは お招きありがとう 近衛君も珠貴ちゃんも 元気そうだね」
「丸田のおじさま おばさま ようこそおいでくださいました」
『昭和織機』 の丸田社長は須藤の父の親友であり、私たちもとてもお世話になった方だ。
今夜は奥さまもご一緒で、仲睦まじく腕が組まれている。
「これは北園親方が作ったものだろう」
「おじさま おわかりになるの?」
「親方とは長い付き合いだからね そりゃわかるよ」
「あなた そんなことおっしゃって 珠貴ちゃん ここをご覧になって
ほら K の文字が見えるでしょう 北園さんが手がけた鉢には必ず印があるんですよ」
奥さまが指差した部分を見ると、鉢の中に 「K」 の文字が刻み込まれていた。
種明かしを示されて、宗と顔を見合わせて小さく笑みがでた。
「教えちゃダメだよ せっかく自慢できたのに」
「まぁっ 呆れた人ね」
言い合いながらもご夫妻の表情は微笑ましい。
父に気がついたおじさまは 「須藤のご機嫌をうかがってこよう」 と、奥さまと並んでホールへと入っていった。
須藤の家の庭の管理をお願いしている北園さんに、この家の庭の手入れを依頼したのは宗だった。
「私の腕を気に入ってくださるのは嬉しいが 近衛ご分家のお屋敷だ 昔からの庭師がいるでしょう」
こんな言い方で同業者への配慮から仕事を遠慮していたが、ぜひ北園さんに……との
大叔母さまの希望もあり、仕事を引き受けてくださった。
大叔母さまと北園さんは、私たちの結婚式のテーブルでご一緒したそうで、「私たち 意気投合したのよ」 と大叔母さまから聞いていたが、 職人気質の北園さんと、おっとりと優雅な大叔母さまが、どのように意気投合したのか興味があった。
北園さんと親しい宗に聞くと、
「親方 あんな顔をしているが 美しい物への執着がすごい人だよ
庭師は庭という大きな作品を作るのが仕事だ
美の追求を怠らない姿勢が 大叔母さまの考えと合致したようだ」
「あんな顔なんて 北園さんに失礼よ でも そうね 美しいものへの執着はわかるわね
北園さんの大きな手が繊細な寄せ植えを作っていくのを
小さい頃 お仕事する北園さんの横にしゃがみこんで熱心に見たものよ
繊細で美しい世界を作り出す手が魔法使いに思えたわ」
「大叔母さまもそうだろう? あのお年でオシャレを怠らない」
「あのお年は余計です 女はいつでもおしゃれをしたいのよ 私もそうです」
宗の言葉に反論すると、そのドレス 良く似合ってるよ……なんていきなり言い出すものだから、
怒るに怒れなくなった。
普段は私が身につけるものにほとんど関心を示さないのに、こんなときはすかさず言葉にしてくれる。
宗が計算して言っているのか、思ったままを口にしているのはわからないけれど、絶妙なタイミングで私が喜ぶ言葉を口にするのだから、 それは宗の才能なのかもしれない。