星月夜
男の人の優しさとあたたかさ。好かれていることの安心感。
悟は、日々それを体感させてくれた。
この人といつか家庭を作るのかなと、淡い想像をして心が穏やかになる。優越感や嫌いな先輩を見下す感情も、今は全くない。
激しいドキドキはないけど、深く傷つくこともないし不安定な気分になることもない。
これが大人の恋愛ってやつなのかもしれない。
「送ってやれなくてごめん。気をつけて帰れよ」
「大丈夫! また明日、仕事でね」
日曜日の夜、悟との時間を終えて一人暮らしのアパートに帰る途中、ベートーヴェンから電話がかかってきた。
『元気そうだね〜』
「ベートーヴェンも!」
『それいい加減やめろって』
「だって、ベートーヴェンはベートーヴェンだもん」
ベートーヴェン改め知輝(ともき)は、同じ高校の音楽科出身の男友達だ。
知輝は昔からベートーヴェンが大好きで、自由に曲目を選べるリサイタルなどでは必ずベートーヴェンの楽曲を選んで発表していた。
神経質で潔癖症。気分の波が激しいかんしゃく持ち。そして、だいぶ変わっていると、性格までベートーヴェンそっくりだったのだから、音楽科の生徒一同、彼をベートーヴェンと呼ぶことに何の疑問もなかった。