星月夜

 男の人の優しさとあたたかさ。好かれていることの安心感。

 悟は、日々それを体感させてくれた。

 この人といつか家庭を作るのかなと、淡い想像をして心が穏やかになる。優越感や嫌いな先輩を見下す感情も、今は全くない。

 激しいドキドキはないけど、深く傷つくこともないし不安定な気分になることもない。

 これが大人の恋愛ってやつなのかもしれない。


「送ってやれなくてごめん。気をつけて帰れよ」

「大丈夫! また明日、仕事でね」

 日曜日の夜、悟との時間を終えて一人暮らしのアパートに帰る途中、ベートーヴェンから電話がかかってきた。

『元気そうだね〜』

「ベートーヴェンも!」

『それいい加減やめろって』

「だって、ベートーヴェンはベートーヴェンだもん」

 ベートーヴェン改め知輝(ともき)は、同じ高校の音楽科出身の男友達だ。

 知輝は昔からベートーヴェンが大好きで、自由に曲目を選べるリサイタルなどでは必ずベートーヴェンの楽曲を選んで発表していた。

 神経質で潔癖症。気分の波が激しいかんしゃく持ち。そして、だいぶ変わっていると、性格までベートーヴェンそっくりだったのだから、音楽科の生徒一同、彼をベートーヴェンと呼ぶことに何の疑問もなかった。
 
< 10 / 75 >

この作品をシェア

pagetop