星月夜
秀星が結婚……?
心のどこかで、彼はピアノだけを弾いて生きていく人なのだと思っていた。それは都合のいい思い込みだった。
それからどうやって帰ったのか覚えていない。
一人アパートの中に立ち尽くし、電気もつけず何時間もそうしていた。
周りには結婚してる友達も何人かいる。そういう話が出てもおかしくない。ピアノの才能はもちろん、人としても秀星は魅力的だったのだから。
それに、私にも結婚を意識する相手がいる。今さら秀星をどうのこうのなんて思わないはずだった。
それなのに、なんだろう、この胸の痛みは。
血が出るように痛い。
これを俗に『頭を殴られたほどの衝撃』というのだろうか。
……そうだ。私はいつも望んでいた。秀星と歩く現在(いま)を。なのにそうできなくて、どんどん目的からズレていく出来事に対応しきれなくて、結局投げ出した。
これは、あの頃自分を省みなかった罰。
現実はどこまでも厳しかった。
お母さんが大切にしてた物。ムーンストーンの指輪に涙が滴る。
「嫌だ、こんなの……。こんなはずじゃなかったのに……!」
ーーーー。
ーー…。
「月海! 起きなさい。朝よ」
「うん……。もう少しだけ。昨夜なかなか寝付けなくて」
懐かしい。お母さんの声で起こされる朝。ダイニングから漂うトーストとハムエッグの匂い。
ーーえ?