星月夜
朧夜
秀星と一緒に美羽の彼氏の学校へ行った日から2週間後、久しぶりに雨が降った。
雨と一緒に、かすかに夏の匂いがする。
教室の席に着くと、美羽が暗い面持ちで私の所へやってきた。「おはよう」といういつもの明るい挨拶の代わりに、
「彼氏と別れた……」
力なく美羽は言った。
「この前会った時もそっけなくて変だなとは思ってたけど、やっぱりっていうか、他に好きな人できたんだって……」
知ってる。知ってて止められなかった。
美羽が悲しまなくて済むよう、もっと動けたはずなのに……。
「……ごめんね」
無意識のうちに謝っていた。それしか言葉がなかった。
美羽には幸せな未来があるのだから、知輝の言う通り彼女の歴史を勝手に変えてはいけないと思う。でも、そういう問題じゃないんだ。
失恋でつらい現実にぶつかって、美羽は傷付く。今感じているその痛みは消せないもので、美羽の心の中でたしかに存在している。
知っていたクセにそうなることを回避できなかった自分が不甲斐なかった。
美羽はこの失恋がきっかけで男性不信みたいな心境に陥り、長い間恋から遠ざかる。あんなに恋愛の話が好きだったのに、人が変わったみたいにピアノの話しかしなくなる。
そんな風に、病的に変わってしまう美羽を見たくなかった。