星月夜
何だか上の空。心ここにあらずな秀星の返事。
「どうかした?」
「……あのさ、月海」
「ん?」
「昼休み、知輝と教室抜けて何してた?」
見られてた!?
そんなこと訊かれるなんて思わなかった。動揺で顔が引きつってしまう。
本当のことなんて、秀星には絶対言えない。
「今の忘れて。何でもない」
そう言うと気まずそうに目をそらし、秀星は早歩きで音楽棟へ行ってしまう。
「待って、秀星っ」
「……」
「別に、知輝とは大した話してないよ」
とっさのウソ。このまま変な空気になるのは耐えられなくて。
秀星はぴたりと立ち止まり、困ったように笑った。
「分かってる。変な詮索してごめんな」
謝る秀星は切なげに目を伏せた。
謝らせてしまったことが申し訳なかった。
お互いに何でもないふりをしたけど、気まずい空気は消えなかった。
音楽棟へ着いてすぐ、普通科の人も使う音楽室に来た。秀星は、まるで気まずい空気から逃げるかのようにそこのグランドピアノに向かい合い、今の練習曲を弾いた。
ラフマニノフの『ヴォカリーズ』。懐かしくて寂しい、優しいのに切ない、そんな曲調。
昔も秀星が弾くこの曲を聴いたけど、あの時とはまた違う音色に感じた。深くて、柔らかく、楽譜にはない要素を感じる。
綺麗な音だ。