星月夜
こうして改めて鍵盤に触れると、どれだけピアノが好きだったか思い知る。
大人になって後悔したのは秀星のことだけではない。お父さんのリストラで手離さなければならなくなったピアノ。あの時は金銭的に仕方なかったとはいえ、本当は売りたくないと主張すればよかった。何度も後悔した。
子供の頃から毎日のように触れてきたピアノを手離した時、涙が涸(か)れるほど泣いた。そして、代用品などないと言わんばかりに心に大きな穴が開いた。
大きな穴が開けば、そこから傷が広がるように心は荒れた。自分のつらさしか見えず、心ない言葉でお父さんとお母さんに八つ当たりした。二人とも慣れない仕事で疲弊していたのにーー。
演奏を終えると、秀星は嬉しそうに拍手をしてくれた。
「すごいじゃん! ノーミス!」
「ウソ……。練習では何度もミスってたのに」
過去のことばかり頭をめぐって演奏に集中できていなかったというのに、ビックリだ。
「月海の今日の演奏、今まで聴いた中で一番深かった。音のひとつひとつが鍵盤からこぼれ出して心の中に落ちてくるみたいだった」
「そう? 自分では分からない」
「美羽や知輝が聴いても同じこと言ったと思う。その調子だな」
「ありがとう……! 秀星に褒められるの嬉しい!」
「おおげさ」
秀星は照れたようにはにかんだ。
現実は変わってる。確実に。