星月夜

 それから1時間くらい音楽棟でピアノの練習をし、秀星と帰った。

 家に着くと、お父さんはまだ仕事で、専業主婦のお母さんだけが家にいた。夕食を作っているところだった。

「ただいま!」

「月海、おかえり。今日も練習してきたの?」

「うん。学校で友達と。それより、お母さんに訊きたいことがあるんだけど」

「どうしたの? そんな思いつめた顔して」

 緊張感があからさまに顔に出ていたらしい。

「何?」

 夕食で使うコップをダイニングのテーブルに出すと、お母さんは私用のグラスにオレンジジュースを注ぎ差し出してくれた。優しい顔で。

「……あのさ、お母さんが大切にしてた指輪のことなんだけど」

「ああ、あれね。婚約指輪と言いたい所だけど違うのよね。付き合ってた頃、お父さんがくれたの」

「そうだったんだ……。それ、見せてくれない?」

「え……?」

 穏やかながらも、お母さんはわずかに戸惑いを見せた。やっぱりあの指輪には何か秘密があるんだ……!

「やっぱりダメだよね。お母さんの宝物だし。でも、昔はよく見せてくれたよね。だからまた見たいな〜って思ってさ」

「ダメってことはないんだけど……」

 言葉を探すように視線を左右させ、お母さんは言った。

「見せてあげたいところだけど、あの指輪のムーンストーン、割れちゃったのよ……」
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