星月夜

 しばらく呆然としていると、リングケースが入っていた引き出しの底が不自然に浮き上がっていた。

「二重底になってる…?」

 見てはいけない。ここは昔からお母さんが宝物をしまう場所だと言っていた。娘だからって母親のプライバシーを無視してはいけない。

 いけないのに、手が勝手に伸びてしまう。二重底にまでして隠されたのは、一冊の小さいメモ帳だった。

 ダメだと思いつつ次々とページをめくってしまう。そこには、私が生まれるより前の年号が記されていた。

「お母さんの昔の日記……?」

 何でこんな小さなメモ帳に? 普通、日記ってもっと大きくて書きやすいノートに書くよね。こんなの、まるで隠すみたい……。


 暗い寝室の中から、夜の空が見えた。

 雨上がりの夜空に雲が広がり始め、朧月(おぼろづき)が見えた。

 暗さに目が慣れたのと、ぼんやりした月の光のおかげで文字が読めた。

《19XX年5月5日。

たしかに死んだはずなのに、過去に戻ると匠(たくみ)は生きていた。当然か。過去なんだから。でも、どうしてこんなことになったのか分からない。今もまだ混乱してる。信じられない。でも、やっぱり嬉しい。何が何でも匠は死なせない。》

 どういうこと!?

 ショックで手帳を落としそうになってしまう。

 匠って、お父さんの名前……。死んだってどういうこと!?


 綺麗な綺麗な朧月。こんな気持ちのせいか、明るくも暗くも見える光がとても不気味に思えた。









 朧夜(終)
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