星月夜
暗夜

 時間も忘れ、メモ帳に書かれた文字を夢中で読んだ。お母さんの昔の日記。


 お父さんとお母さんが結婚する少し前の出来事がそこには綴られていた。

 婚約が決まり両家への挨拶も済ませた幸せ絶頂の最中、お父さんは交通事故にあい帰らぬ人となった。当然、お母さんは気が狂うほどに泣いて毎日を過ごした。

 最初はそんなお母さんに同情し優しい言葉をかける人が多かったが、一向に笑顔を見せる気配のないお母さんを見て周りの人達はじょじょに心配するようになった。

『もう彼のことは忘れて別の相手を探した方がいいよ。あなたがそんな風だと天国の彼も浮かばれないよ、きっと』

 塞ぐお母さんを気遣う周囲のセリフ。もちろん悪意などなかっただろう。けれど、それらの言葉はお母さんの心を苦しみで蝕(むしば)んでいった。

 そうしてついに、自分を訪ねてきた友人達にやり場のない感情をぶつける結果となった。

「忘れるなんて無理に決まってるじゃない! いいよね、あなた達は大切な人がそばにいるんだもの……。失くした側の気持ちなんて経験したことないでしょう!? だからそういうことを軽々しく言えるのよ! もういいから私のことは放っておいて!」

 そうしてお母さんは友達をなくし、親とも口を利かなくなり、部屋にこもった。食事も摂らず、日毎に生気をなくしていく。

 さすがに放っておけなくなった親が力づくで病院に連れて行くと栄養失調だと診断され、お母さんは入院することになった。

 精神状態を考慮して個室での入院を余儀なくされたものの、真っ暗な景色に満ちる病院内の夜はさらにお母さんの孤独を深めた。

「死んだら匠に会えるかな……」

 一人の時間は、ずっとそんな独り言を口にした。
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