星月夜

 お母さんが出て行った理由。それは、パート先の独身男性と恋に落ちその人と再婚したいと願ったからだ。お父さんに離婚届を突きつけ、逃げるようにこの家を出て行った。

 でも、それだけが原因じゃない。音大に行けなかったことで荒んでしまった私への対応に疲れたからだ。お母さんにそう言われたわけじゃないけど、今なら分かる。

 日記を読んでハッキリした。お母さんは心の弱い人だ。子供の頃、お母さんは強くたくましいものだと根拠なく思っていたけど、それは子供だったがゆえの勝手な思い込みだった。

 指輪の力でお父さんとの未来をつかみ、子供を授かり、幸せになったお母さん。お父さんがリストラされた後も文句ひとつ言わず自分も働きに出ていた。結婚後働いたことのないお母さんにとって、それは心身共に大変なことだったはずだ。働くつらさ、今なら分かる。

 そこへ、私が追い打ちをかけた。たくさんひどいことを言った。自分可哀想。そんな思いで。子供だから許されると甘ったれて。

『こんな家に生まれなければよかった!』

『リストラされるような男が父親だなんて恥ずかしい』

『お母さん、何でこんな男選んだの?』

 次々と頭に蘇る、ひどい暴言の数々。

 鬱憤を晴らすため軽い気持ちで発した言葉が、大切な親を傷つけた。

 お母さんとお父さんの歴史を身勝手に否定した。

 毎年欠かさず誕生日を祝ってくれた親。言葉に見えないもので愛をくれた親。

 与えられて当たり前。恵まれすぎて恵まれていることに気付けなかった。愚かだった。
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