星月夜
星月夜
あれから、私は一度もタイムスリップすることはなかった。キーとなるムーンストーンが壊れたせいかもしれない。
そうして現在、〝二度目の〟25歳として社会人生活を送っている。一度目の時とは全く違う生活。それは、悪い未来を知って回避する行動を起こしたからに他ならない。
覚悟はしていたけど起きる出来事というのはやっぱり変えることは出来ず、高校3年の頃お父さんはリストラされたし、お母さんもパート勤めをせざるをえなくなった。
でも、今度は幸せになることを諦めなかった。ピアノは無理を言って家に残してもらったし、高校卒業前からバイトを始め、自分の稼いだお金でピアノのレッスンを受け続けた。
さすがに音大進学は無理だったが、高校を卒業してフリーターになった後もバイト代でピアノのレッスンは続けた。おかげで、今はピアノに触れる仕事に就けている。
かっこつけすぎかもしれないけど、心の中でひそかに自分はピアニストだと思っている。知輝の紹介で、彼のイトコが経営するバーで毎日ピアノ演奏の仕事をさせてもらっている。
腕も給料もプロのピアニストには負けるかもしれないけど、人生で一番大切だった時代に学んだことで食べられることが幸せだった。
仕事を終え家に帰ると夕食の匂いがした。
「ただいま! お腹すいたぁ」
お母さんはここにいる。いてくれる。
気のせいか、リストラにあう前よりお父さんとお母さんは仲が良くなった気がする。二人の笑顔やたわいない話し声でほっこりする。
「おかえり、月海。今日も仕事お疲れ様。秀星君、部屋で待ってるわよ」