星月夜

 『人とのやり取り面倒だから本名のアカウントは作らない』、そう言い、秀星自身はSNSを一切やっていない。有名な彼は自分で宣伝する必要がないのでそれでもいいだろう。

 才能にも運にも恵まれた彼のことが時にうらやましくなるけど、彼が人一倍陰で努力していることも知っている。

 彼のピアノのファンとして、婚約者として、これからも変わらず応援し続けたいと思う。彼の人生が輝かしいものでありますように。より多くの人にその素敵な演奏が届きますように。心から願っている。

 一度目の人生で『星月夜』という人が私のツイッターをフォローしてくれていた。正体不明のそのアカウントを美羽はキモいと言っていたけど、今なら分かる。あのアカウントは秀星のものだったのだと。

 ツイッターで偶然私の名前を見つけ、再び話しかけるキッカケを探そうとしてくれていたのかもしれない。だけど、あの時の私はピアノを辞めていたので秀星と共通の話題がなかった。だから彼も接触をためらったのかもしれない。ただでさえ気まずい別れ方をしていたから。

 あの時の秀星の心情は彼にしか分からないので、今となっては想像することしかできないけれど。

 不思議なことに、美羽の未来は変わらなかった。本来の旦那さんと知り合い、結婚した。元々運命の相手だったのかもしれない。


「久しぶりー! お腹すいたよね。お母さん夕食作ってくれてるし、ウチで食べてく?」

 部屋で待っていた秀星に訊くと、ソファーに座っていた彼は勢いよく立ち上がり突然私を抱きしめた。いつになく甘えたような抱きしめ方に、不覚にもキュンとしてしまった。

 秀星との付き合いは長い。いくら好きな相手とはいえ恋愛初期の新鮮さも今では薄れている。でも、不思議と飽きることなく続いてきた。
< 69 / 75 >

この作品をシェア

pagetop