星月夜
「どうしたの?」
「今まで言えなかったんだけど、俺、昔から時々こわい夢を見るんだ。昨夜もそうで……。月海とケンカ別れしたまま高校を卒業して、それきり二度と会えない夢」
「え……」
「目が覚めると夢でよかったってホッとする。月海のいない世界なんて考えられないから」
「私もだよ」
穏やかな声音で答えつつ、内心ドキドキしていた。
秀星の見る夢は夢なんかではなく、過去に体験した日常の残滓(ざんし)。顕在意識にはないけど無意識下に刻まれているたしかな経験。
指輪の力で人生をやり直したのは私だけではなかったんだ。秀星をはじめ、お父さんやお母さん、おそらく美羽や知輝もそう。はっきりと覚えていないだけで、私に関わった人全て、意図せず歴史を塗り替えられたんだ。
しばらく抱きしめ合うことで安心したのか、秀星はそっと体を離し私の髪を優しくなでた。
「月海がそばで支えてくれたから、夢を叶えることができた。つらい時もがんばれる。俺はこれからも演奏家でいたい。自分のために。友達のために。そして、月海のために」
「うん。私も秀星の存在に支えられてたよ。ずっと」
しばらく見つめ合っているとノックの音がし、扉越しにお母さんの声がした。
「二人ともご飯よ〜」
もうすっかり自分の息子みたいな扱い。秀星も人好きのする対応で「ありがとうございます。今行きます」と、先に部屋を出て行った。