星月夜
命を司る神、ミコトさん。日本のどこかにある命守神社で、昔お父さんは 縁結びのお守りを買った。その中に入っていたムーンストーン付きの指輪をお母さんに渡した。
「その節は母を助けて下さり本当にありがとうございました」
ミコトさんの足元で土下座をした。この神の言葉が本当なら、お母さんは指輪のおかげで自ら命を絶たずに済んだ。お父さんと私の幸せがあるのはこの神のおかげだ。感謝の気持ちを伝えたかった。
「おいっ! 女にそんなことをさせる趣味はないっ、顔を上げろっ」
ミコトさんはうろたえた。仕方なく私は頭を上げ、正座したまま彼の顔を見上げた。
「母が生きていてくれるのはあなたのおかげです」
「仕方なかろう。我も命守神社にはそれなりの感謝があり敬意を抱いている。指輪を取り出す人間がどんな人生をたどるのか見届けたくてな」
「……父や母を助けてくれたのはまだ分かります。でも、なぜ娘の私にまで力を貸して下さったんですか? 過去をやり直せたのはあなたのおかげなんですよね、ミコトさん」
「その通りだが、感謝されるいわれはない。ただの気まぐれだ。石は壊れて効力を無くしたしな」
窓の外を見てミコトさんは言った。広い背中に寂しさがにじんで見えるような気がした。
「お前の母親はかつて我が愛した女にとてもよく似ていた。気丈に見えてその実心はもろい」
神でも恋とかするんだ。相手はどんな女性だったんだろう?
「彼女の命が後世に紡がれていく様を見てみたかった。この世知辛い世の中、人間にとって幸せなことばかりとは限らないが、お前たち親子には苦難を乗り越え幸福な日々を送ってほしかったんだ。賢いお前ならやり直しのチャンスを棒に振ることはないと見込んで、な」
ミコトさんの背中から、愛した女性のことを深く想っているのが痛いほど伝わってきた。