永すぎた春に終止符を
「先のことって、もしかして結婚とか、そういうこと?」しばらく考えてから、ようやく拓海がいった。相変わらず、頭が重そうにして、梨沙の方を向かずに言う。
 梨沙は着替えを終えて、彼の頭にキスをしようというところだった。
「そうだと思うよ。多分」梨沙は適当にはぐらかす。
でも、すぐに、待ちきれずに口を出した。
「そういうこと、全然考えてなかったの?」
「考えてないわけじゃないよ」
「そっか……」
 もしかして何ていう言葉が彼の口から出てくると、そのたびにぎゅっと胸が締め付けられた。いい年の適齢期のカップルなんだから、一度や二度くらい将来のこと考えるよね?
 このままずっと一緒にいるにはどうするかって、考えたりするよね。
その延長上に結婚ってそんなに考えられない事かな?

 拓海に聞くタイミングを間違えたのだろうか?
間違えたのはタイミングだけだろうか?そもそも聞くだけ無駄だった。
 そう結論づくまで時間はかからなかった。彼の頭の中がどうなっているか、梨沙には手に取るのだろうか?拓海が全く考えてないのは、梨沙には手に取るようにわかってしまう。
 彼は、梨沙のことなどこれっぽっちも考えていない。彼の頭には、これから書き上げなければならない論文のことで手一杯。頭の中が論文で一杯になってるはずだ。
 それどころか、この様子では、用事はすんでしまったのだから、すぐにでも梨沙に早く帰って欲しいと思っているのだ。できればこの二週間、論文を書き上げる間、寄り付かないで欲しいと思ってるはずだ。

 何かの折に、ふと自分の事考えてくれれば。梨沙は楽観的に考えていた。まさか。梨沙との将来なんて全く考えていないなんて。
 いくら希望を見出そうと一生懸命考えても、拓海が先のこと考えてるとは思えない。どうして考えてないの?梨沙は、拓海の言葉が理解できないと思った。もう少し二人のこと考えててくれると思ってた。それから二人の将来のことも。

「どうかした?」梨沙の沈んだ様子を変に思ったのか、拓海は顔を近づけてきた。
 どうしたの?って彼は言うと、梨沙の顔をのぞき込んで小首を傾げる。拓海は鼻と鼻がくっつきそうなほど顔を近づけてくる。彼は、梨沙の表情をのぞき込もうとする。
 機嫌を損ねた小さな女の子にするような彼の行為に梨沙は、子供っぽいと落胆したくなった。なのに、気持ちとは裏腹に、彼のこと無邪気で微笑ましいと感じてしまう。
 梨沙は、沈んだ気持ちをごまかすため、無理にでも笑顔を作った。

「最初の頃のこと思い出してたの」梨沙は、心にある事とまったく違う事を言った。なんて答えたらいいのか分からなかった。その前に、彼のこと、どう受け止めればいいのだろう。まるで、時間の変化と無関係なところにいる彼。拓海に一生懸命説明したって分かってもらえるとは思えない。

 梨沙はため息をついた。拓海は、将来の事これっぽっちも考えてないのだ。今まで考えられないというのは、七年間考えてこなかったっていう事だ。拓海は考えてくれるだろうか?もし、考えてくれなかったら。私たちの未来は、別々になってしまうかもしれない。

 
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