永すぎた春に終止符を
 彼は、本当に正直な人だ。梨沙はそう思う。私は、拓海のそういところが好きなんだわと梨沙は覆う。言葉は少ないけれど、彼の気持ちは行動一つ一つに現れてくる。ウソの言えない人なのだ。
 七年も横にいれば、彼のことなら何でも知ってると思っていた。彼の表情を手がかりにして、鼻をいじるクセ、欠伸の仕方。どうでもいい、細かな動作1つに意味を見出していた。
 首の傾げ方で、機嫌がいいのか悪いのか。納得してるのかしていないのか。わかってるのかいなのか、まるで彼を占うように分かると自負していた。
 だから彼の真意は、どうにもごまかしようがなかった。梨沙はため息をついた。本心を隠すためにいっそのこと、もっと気軽に嘘くらいついてくれればいいのに。どんな嘘でも、ありえない事でも何でもいいから。嘘だってすぐわかっても、上手くだましてくれればいいのに。
「将来ポストがもらえたら結婚するつもりだった」とか。「論文を書き終えたら」そんなあやふやなものでも、その場しのぎに安心させてくれる言葉ならなんでもいいのに。

 彼の表情に安堵したと笑みが広がる。梨沙の気持ちは、逆に暗くなった。
 以前は、どんなことがあっても、彼の近くでこの顔を眺めていようと思ってたのに。付き合い始めた頃の彼は、無邪気で子供っぽいところも残ってて、私のほうがしっかりしなきゃいけないといつも思ってた。
 でも、29才の今、見た目は、そんな必要のまったくない大人の男性になっている。こう思うと七年って結構長い。
 梨沙は着替えを終え乱れた髪を直すと、グレーのスエットに着替えた彼にキスをした。
 名残惜しそうに別れを惜しんだりせずに「またね」と言って部屋を出た。

 彼のアパートを出ると、道路に面した彼の部屋の窓が見える。カーテンの隙間から、ほんのりともっていた明かりは、しばらくして明るい部屋の蛍光灯に取って代わられた。
 拓海はすぐに机に向かってるんだろうな。拓海は、部屋に来るのはもう少し後にしてくれないかと言っていた。彼は、これから仕上げなければいけないという、論文のことをずっと気にしていた。
 梨沙は、あまり時間がないという彼に無理を言って、彼の部屋に押しかけた。居てもたってもいられず、押しかけて行って彼の返事を聞いた。
 けれど、梨沙にとっては厳しくてつらい結果とだった。彼の気持ちは何となく、分かったたはずなのに。彼の口からはっきり聞きたいだなんて。どうしてそんなこと思ってしまったんだろう。梨沙は後悔し始めていた。
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