空って、こんなに青かったんだ。
今日は日曜日。二日連続で練習試合だ。そして二日連続で九月も終わりだというのに真夏日だって。嫌になる。
で、なんでイヤになるかって今日は拓海、試合に出てる、つまり「出場」してるんだよね、
なぜか。
あのあと、そう、つまりきのう勇士が華麗な送りバントを決めて拓海のもとに走り寄って抱きついたあと、勇士は自軍ベンチにまるで小鳥が餌にありつくため必死に巣に戻るようにして帰り着き、監督はじめ仲間たちに拓海の入部を報告した、らしい。見ていた限り、では。
すると英誠ベンチからは練習試合のしかも攻撃中にもかかわらず一斉に大きな歓声が上がって、相手ベンチはまるでその理由を解せず試合は一時中断してしまった。
「帰らないで待ってろよ!」
と勇士からニヤケタ顔でメイレイされた拓海は練習試合終了後、監督に呼ばれて挨拶をしたあとさっそく誰かの薄汚れた、さらに汗臭いジャージをムリヤリ着させられて練習に参加サセラレタのだった。
キャッチボール、外野ノック、ブルペンに入っての投げ込み、そして仕上げはゲージに入ってマシン相手の打撃。
約一時間半にも及ぶお付き合いが終わるとふたたび監督に呼ばれて
「明日も練習試合があるから来てね。四番、センターでいってみようよ、まあイキナリなんだけど。
アッ、そうだ。八回からはリリーフもオ・ネ・ガ・イ・ね。ジャ・よろしく」
と握手を求められ、ニギリカエスのもどうしようかと悩んでいると、向こうからさっさと手を握られてしまった。
監督はそばにいた啓太に必要用具一式を拓海のために用意するよう伝えるとニコニコしながら「今日は解散」とノタマワって引き揚げてしまった。
ちなみに監督さん、ニコニコしてるけど試合は結局のところ、逆転負けしちゃったんだよね、リリーフが打たれて。なのに拓海の入部を勇士から聞いてから、なぜかずっと機嫌が「良い」
そんなわけですべて中古の使い古しの練習試合用ユニフォームを身にまとい、サイズの合わないブカブカのスパイクを履いた拓海はいま、多少の、もとい、かなりのコウカイとともにセンターの守備についている。
しかしそんなんでもさすがに「腐っても鯛」ならぬ「腐っても拓海」
ここまで二打数二安打、さらに付け加えるならふつうなら二塁まで行けた当たりだったが靴が脱げそうになって一塁で止まったのだ。
試合は四回表まで進んでいる。
今日の相手も甲子園常連校が東京から来ている。
土日を利用しての遠征試合らしい。強豪校、名門校ならよくあることだ。
さて、八回からは先発を受けてリリーフしなくちゃならない。疲れるしめんどうだ。
拓海はすでに入部を悔いていたのだ、守備につきながら。
しかしそんな拓海のやる気のなさなんて吹き飛ばすように、記念すべき拓海の入部初試合は勇士、健大の祝いの一発や連投星也の力投などで英誠の勝利で終わった。
彼らは練習試合とはいえ全国的に名を知られた名門校に勝ってしまったのだ。そしてその「勝利の原動力」といえばやはり拓海なのであった。それは選手たちも監督も十分に理解していた。
先発の星也はといえば「後ろに安心して任せられる投手がいる」とペース配分の必要も力みもなくスイスイと七回を投げ切ってしまった。
もともと力のある投手なのだ、何もカンガエナクテいいならそのくらいはアタリマエなのだ。
そして八回を無得点に抑えた拓海は九回、左打者が続くときワンポイントで一年生の左腕投手のリリーフを仰いだ。そして一年生が左打者を打ち取ると再びマウンドに立った。
ここにも拓海加入の効果があって、いつもなら長いイニングを投げて捕まってしまう一年生投手も「ワンポイントなら」という気持ちでマウンドに上がっているので「気合い」が違うのである。
もちろん「二人の打者だけでいいんだ」という気楽さやスタミナの問題もある。
また打線では長打力のある四番がいることで核ができ、送るなら送る、走るなら走る、溜めるなら溜める、戦略のコンセプトがしっかりとしてサインをもらう選手も理解と納得をして打席に入れるので失敗がない。
つまり「どうせ送ったって・・・・」とか「オレが決めなきゃ誰が打つの?」なんてことがないのである。元々、ツブは揃っていたのだ、ただ勇士たちが感じていたように「核」がいなかっただけ。
それが出来たらこのチームは強くなる、それを選手以上に分かっていたのが監督さんであったのだ。
だから「あんなにキゲンが良い」わけ。土日連続の炎天下での練習試合が終わって、さらに甲子園常連校を新チームとして、いやいや、英誠学園野球部創設以来初じめて撃破した喜びで二年生たちは行きつけの駅前の餃子屋で「決起大会」をすることとなった。
今日もまた啓太がブチョウ先生から「戦利品」を頂戴したようだ。なかなか使えるキャプテンなんだね。店に入るなり一同はすぐさま畳席を占領した。
「やっぱり稲森が後ろにいると思うと、気持ちが全然楽だよ」
星也がトイメンに座った拓海にジュースを注ぎながら言った。
どうやらそれはあながちお世辞ではなく、それどころか本心そう思っているようだった。
早速横から茶々が入り
「だよなあ~オマエ、スタミナね~もんなあ~」
と健大が受ける。
でも誰も嫌味にも受け取らない。誰もが上機嫌なのだ。
すると勇士が
「でもお前、監督にリリーフを言われたとき、ハッキリやな顔したよな!」
と、今度は拓海にジャブを出す。
「ハッ?してね~し」
すると勇士は拓海の返しのパンチをさっとよけ次にパンチを返す。
「それよりお前、もう少しちゃんとサイン見ろよ!」
拓海はジュースを吹き出すそぶりをして目を見開いて逆らう。
「ハッ?見てるし」
すると今度は勇士と拓海のやり合いを聞きながら啓太が
「黄金バッテリーの誕生だな」
と笑い健大は
「たしかに」
とひとりニヤケタ。
当然健大の笑いには「イッタイなんの黄金やら?」という気持ちが多分に含まれてはいるのだけれど。
確かにさっきの星也の言葉は重い意味を持つ。
彼ら英誠学園野球部の現二年生に残された甲子園への道は残すとこあと一本しかない。
来年の夏、あと一回だけなんだ。そしてその夏の大会はアタリマエに暑い。
例年、猛暑の中で行われるのだ。選手、とりわけ最も体力消耗の激しい投手には正に地獄となる。
かわいそうに毎年、熱中症で降板を余儀なくされるか、そこまでいかずとも実力を発揮できずにグラウンドを去る子は大勢いる。それほどに炎天下での全力投球とは過酷なのである。
だから安心して任せられるもう一人の投手を持っているチームは、こと夏の大会では圧倒的に有利になるのだ。それが星也の言う「拓海」であった。
そして星也が言わんとしたその理由を誰もがわかっていただけに、皆は自信をたかめていたのだった。
いずれにしてもこれで間違いなく英誠は強くなったわけだ。今後の精進次第では本当に甲子園に出ることも不可能ではなくなる。
みんなのそんな思いが今までにも増して強い連帯感を生んでいた。もちろんまだ多くの課題もある。みなはそれを抽出し自らに課題を課していった。
例えば星也と投手としての拓海には新たな変化球をそれぞれ一球ずつ自分のモノにすることを与えられた。速球投手ではない星也はコントロールが生命線だ。
他に抜いたカーブを持っているがもう一球、スライダーかスクリューを覚えろ、と勇士から指示が出た。
そして真っすぐは速いがほかにカーブしかない拓海には落ちる球か横に滑る球、つまりフォーク、あるいはチェンジアップかスライダーを、とこれも勇士からの指示だった。
外野からの返球に難のある圭介には遠投で肩を鍛えること、上位を打つわりにポップフライも多い小林には「フライ禁止令」、バットをより水平に振ることが求められた。
こんな具合にみなみなにそれぞれ課題がこれもみなの総意によって与えられていったが、誰一人異を唱える者はいなかった。
それはそれぞれが自分の欠点を認識していたこともあるが、何よりも「強くなりたい」「頑張れば甲子園、マジかも」っていう気持ちが強く芽生えたからに相違なかった。
そして団体スポーツ、ことに野球はチームがこうなった時が一番強くなるのだ。
まさに英誠の今がその時であった。
「よーし、明日からヤルゼイ!」
と啓太の掛け声でシメた面々はそれぞれ家路について行った。
しかしその時は明日、トンデモナイコトが起きるなんて、誰もオモイモよらずにいたわけであった・・・・