空って、こんなに青かったんだ。
 

 圭介が家に着いたときはもう家族の夕食は終わっていた。ただ家族と言っても今は両親と母方の祖母だけ、数か月前から家出している姉の姿は当然のこと、そこにはなかった。

圭介のふたつ上の姉の家出の理由は誰にもわからない。

もちろん圭介にもだ。誘拐でも事件でもないので心配しないでほしいし、さがすこともしないでほしい、と家の留守電にメッセージがあったのが三か月前。

携帯も解約しているようなので捜しようもない。

就職したばかりの会社で何かあったのか?祖母や両親との関係か?そもそも就職ではなく進学したかったのか?異性とのことか?

いろいろと「残った家族」で考えてもみたのだが結局だれにもなんにもわからなかった。

もう三か月も音沙汰がないので極端に言えば「まだキチンと生きているのだろうか?」というギモンもわいて来ようというものだ。

「何か理由があるんだろう」と父親は言っているが「そんなことは当たり前」で理由なく家を出ていく人間などいない。ただ圭介にはちょっと思い当たることがあった。

もしかして「理由」は自分ではないのかと。

詳しく言えば「自分には責任はない」ともいえるのだが。

圭介は小さい頃からのことを思い出してみた。圭介が野球を始めたのは小学校に上がってすぐのことだった。かなり早いほうだ。練習は早朝から夕方の日が暮れるまで。

土日、祝日はすべてだ。

夏休みや正月にも「合宿」と称して練習があった。そして当然のことそれには両親も悪く言えば「駆り出され」良く言えば「積極的にお手伝い」に出た。

そしてもうひとつ当然のことにふたつ上の姉はその時まだ小学校の三年生、なのにほぼ毎週のように家に置いてきぼり、となった。両親にすれば祖母もいるし、ということらしかったが果たしてどうか?

姉は圭介にはなにひとつグチや厭味を言ったことはなかったが圭介自身は
「きっとなにか言いたかったに違いない、さびしかったに違いない」と思っている。

そしてそれが圭介の思う「姉の家出の理由」であってよって自分に「責任がある」のである。
姉貴はずっとずっとガマンしてきたんだ、父さん母さんにずっと「わたしのことももっと考えて」と言いたかったに違いない。

運動会、学芸会、文化祭、エトセトラ。姉貴にだって学校行事は星の数ほどあったはず、でもいつも「オレの野球が優先した」圭介はいま、思ってる。

拓海のおかげで英誠は強豪校の仲間入りをした。みんな来夏の夏に賭けている。甲子園に出たい。

でも、本当に出ることが出来たとき、姉貴は喜んでくれるんだろうか?
喜ぶどころか「また野球?まだ野球?」って思われるんじゃないか?

そしてますますオレのことがキライになるんじゃないか?家族がバラバラになるんじゃないか?って。

そう思うと「甲子園」ってもんがなんか時にかすんでいくんだ。家族のためには出ないほうがいいんじゃないか?って。出れないほうがいいんじゃないかって。

みんな、練習、してんだろうな?啓太だってレギュラー取られたままで黙ってるわけないし駿斗だって必死だ。下級生だって、そして来春は新入生も入ってくる。

この時期、英誠が強くなってることが知られれば希望校を変えてくる腕自慢の中三もいるはずだ。そう思うと圭介の心にはあせりの波風が立ち穏やかではいられなくなってくる。

「もう少し姉さんのことも考えてよ」となぜひとこと、言えなかったのか?
いま、圭介の心は大きく揺れたままだった。

               
                  ※


 翌日、啓太が登校すると生物の先生でもある監督さんから
「昼食が終わったら職員室まで来てくれ」
とクラスの仲間経由で伝言があった。

「誰にも言わずにひとりで、だってさ」

と卓球部に所属する賀茂というクラスメートは啓太に言った。
「なんだろ?いったい」

啓太は不思議に思ったけど特に不安がよぎるということはなく昼の弁当を食べ終わるとみなに内緒で職員室に向かった。ドアを開けて中に入ると監督さんはもう食べ終わっていたようでクシャクシャの新聞を読んでいるところだった。

「おう」
と啓太に気がついた監督は啓太を手招きして自分の横のオリタタミ椅子に座るよう言ってくれた。

「悪いな~呼び出して」
と一昨日からのニコニコ顔で言った監督さんの顔色が一気に暗くなって啓太は不安になってきた。

「イヤなヨカン・・・」

啓太が黙っていると監督さんは
「時間もないしな、本題に入るか」
と言い手に持ったままだった新聞を机の上にチョコンと置いた。

「いろいろと事情があってな、学校を辞めることにした」

???

啓太にはその言葉が聞こえなかった。不思議なもんで人間ってもんは「イミのわからないこと」を言われると「キコエナクナル」もんのようだ。

なので啓太はただボっーとして監督さんの顔を凝視していた。

「カネコ?聞いてるか?」
心配になった監督は啓太の頭をコンコンした。でも啓太の反応は、ナイ。

「おい、大丈夫か?カ・ネ・コ?」

監督は今度は啓太の顔を両手で包み込んで自分の親指で「アかんべー」をさせて啓太の白目を見た。

「大丈夫だな~」

ひとりごちた監督は「金子?」ともういちど呼んだ。

「はい!」

やっと我に返った啓太は返事をすると
「監督、よくキコエナカッタノデもういちどオネガイシマス」
と哀願するように言った。

「ああ、わかった」
と言って監督はもういちど大きな声で
「俺なあ、辞めることにしたんだ、ガッコウ!」


 啓太は部室にいる。いくつもない部室の椅子に座っていたのだ。
もう授業はすべて終わって放課後だ。だけど職員室を出てからいままでの、つまり五、六時間目の記憶がなぜかマッタクない。

「みんなに説明するから、着替えずにそのまま部室で待機するように」
と言われたことは覚えてる。だけどあとは何も覚えてないんだ。続々と集まってくる部員たちはみんな

「なんだろうね、話って」
とホガラカニ話していた。前途洋洋な英誠野球部に悪いことなんてあるわけない、とまるで誰もがカクシンしているようでもあった。

しかし三十分後、部員たちはみな、シズミキッテいた。
ようは、こうだ。

続々集まった部員たち、全員が集合すると監督さん、ブチョウ先生から説明が始まった。

「実は日曜日の夜、監督の親御さんが倒れられた。お父さんのほうだが、脳出血でまだ意識がもどらない。しばらく付きっ切りとなるだろうからこの際、きちんと学校も野球部監督も辞めることにした」

これが全てだった。

「しばらくは監督不在の活動となる」                  
                   
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