空って、こんなに青かったんだ。
 あくる日曜日は朝から雲ひとつない絵にかいたような晴天になった。
啓太たちは練習のためグラウンドに着くとさっそく「新監督」と面談した結果をブチョウ先生に報告して監督就任の許可をもらった。

そして正式に駿斗の父親から話を通してもらい早くも次の土曜日から小島新監督に指導を仰ぐこととなったのだ。

かくして英誠学園野球部の「甲子園への道」は目出度く新たなスタートを
切ったわけである。なのだけれど、さっそく新監督から「妙な宿題」が出た。

「土曜日は俺に紅白戦を見せてくれ。俺は一日、何も言わないし何もしない」

そしてさらに条件が付いた。

「戦力は均等に分けること。決してレギュラー組と控え組に分けてはならない。
これは当たり前だが。そして紅白それぞれの指揮は選手たちで執れ。
さらに全選手を必ず出場させて、互いに勝つことを目的とすること」

これが新監督からの指示だった。

「ハッ?」

それを聞いた六人はみんな顔を見合わせたのだけれど
「とにかく言われた通りにやるしかないだろ」
と、啓太のひとことでリョウカイジコウとなって練習の合間や昼休みに時間をとりながらメンバー割りに入った。

「ってことはさ、当たり前に川津と稲森が同じチームじゃダメってことだよな?」

「だな、そうなるよな」

となるとチーム割りは相当にすったもんだして時間がかかり、出来上がったのは前日の夜の九時だった。

それもいつもの餃子屋でやっとのこと仕上げたのだ。

「やっと出来た~」

「練習よりツカレルナ~」
とため息交じりで餃子屋をあとにした面々は駅で「じゃあな」と別れたがのだけれど、
あくる日、一同をさらに驚かせる出来事が起こったのだった。

試合開始は十時、グラウンド集合は八時、と新監督に言われていたので全員が時間通りに集合してブチョウ先生の指示のもと、選手たちはアップを始めていた。

するとどういうわけか、向こうからなにやらおおきな音?騒音?のようなものがだんだんと近づいて来るではないか。

でもそれは気のせい、じゃなくてホントにグラウンドに押し寄せてくるようでしかも黒い煙のようなものをモウモウト吐き出していたのだ。

そう、まるで火山の噴火のように、だ。

「なんだあれ?」

まず、その異変に最初に気がついた勇士がまわりにいた二年生に怪訝な目を向けて訊いた。

「なんだよ、アりやっ?」

みんながアップをやめてその「フンカ」に注目してると、こともあろうかそれはなんと
我が英誠学園野球部のグラウンド専用駐車場に入って行くではないか。

「行ってみるか?」

勇士が啓太に声をかけるともう、全員が駆け出していた。下級生までついてきてほぼ全員が駐車場に息を弾ませながら到着すると、なんとそれは工事用の重機、自走式のバックホウと言われるものだった。

「どっかで見たような気がするな~」

そうだ、オモイダシタ!そう、それは紛れもなく数日前に小島新監督に
「面接」に行った際、六人が庭で見かけたモノ、だったわけだ。

「ハッ~ア?」

野球部全員が呆気にとられて口をポカ~ンとだらしなく開けていると、なんとそこから
降りてきたのは「新監督」またの名を小島社長ともいうが、ではないか。

「カ、カントク?」

新監督は呆然とたたずむ部員たちの不安げなまなざしには一切の興味をしめさず、運転席の扉を勢いよく開けるとさっそうとキャタピラーづたいに地面に着地した。

そのみじんもぐらつかない着地の見事さと言えば、往年の体操ニッポンの名選手をもほうふつとさせるものだ。

「おお、遅くなって、悪いわるい。乗用車のエンジンがかかんなくてなあ~」
と暢気に言いながら小島興業、と馬鹿に大きくネームの入った工事用重機、まあ愛車?
なのかもしれないのだけれど・・・・から降り立ってみんなの前に立ったわけ。

しかも何やらきちんとスーツを着ているのだ。

「イッタイ、ナニからナニまでエタイのしれない人だな・・・・」

「面接」に参加?した六人は今回の監督就任の責任があるので、どうにも不安になって
きたようだ。それぞれがそれぞれに「ダイジョウブかいな?」みたいな顔を見合わせて
いる。

しかし六人を、いやいや、部員全員を不安にさせている当の本人はいたってケンゼンに
「よし、グラウンドに行こう!」
と元気よく言うと先頭に立って歩いて行ってしまった。

「なんか、トンデモナイ人に頼んじゃった?って感じかな?」

監督選考?にかかわった六人は顔色を失って最後尾からトボトボとついて行った。

なのに新監督はやたらとキゲンが良く、試合開始前の練習がそろそろ終わろうかという
雰囲気になると
「よーし、そろそろ始めようか」
との自分の鶴の一声で時間通りの十時に紅白戦をプレイボールしてしまった。

かくして紅組はエース川津の先発で、白組はあえて拓海を抑えに残して一年生の先発で始まった試合は監督の指示通りに全員出場とベンチ入りメンバーの総意と知恵の総力を集めた采配、そして最後の最後まで互いに真剣に勝つことを目的とし二時間十四分の試合時間をかけて終了した。

結果は拓海のサヨナラ犠牲フライで白組の勝利となったのだった。
啓太の指示で試合終了の挨拶をきちんと終わらせて「両軍」は新監督の座るネット裏へと
集合した。

「いい試合だったな。ご苦労」

新監督からの言葉はたったのそれだけだった。

それだけ言うと新監督はまたまたキゲンよく
「明日も八時集合、じゃあカイサン!」
と言ってさっさと社名入りのバックホウに乗って自分は帰ってしまった。

「なんだったんだろうね?」

餃子をつまみながら二年生たちは口々に疑問を呈していた。紅白戦終了後部員たちは
着替えを済ませ帰宅の途についていた。

二年の有志たちは毎度のこと、駅前の餃子屋に
入って「反省会」を催していたのだ。

「なに考えてんのかな?」

「なんかぎゃくに気味悪いな」

「野球、知ってんのか、知らないのか?」

「だって都市対抗、出てんだろ?社会人の名門チームで?」

などともろもろの意見がでたけどいちばんの驚きはやはり建設用重機、とどのつまりバックホウでグラウンドに「出勤」したことだった。

「あれには、驚いたよな」

「でも、杉山の親父さんの知り合いなんだろ?」とふられた駿斗は

「ああ、らしいけど」と風采が上がらなかった。

きっとこの新監督就任のセキニンのイッタン?を背負わされてはたまらない、と警戒していたんだろう。だから「シリアイ」という言葉にやたらと意識過剰になっていたにチガイナイわけだ。

「明日、ドンナ練習になるんだろうね」
と一同が意見を集約させて会はお開きになった。
「時間も早いし、アブラ売ってないで、家で自主練だぞ!」
と帰り際に啓太がカツを入れた。

そのあとはみんながいつの間にか散りじりになってイッタ、というジョウキョウになって気がつくと拓海は駅でひとりになっていた。拓海は何とはなしにあきなを誘ってみることにした。

電話をするとあきなはちゃんと家にいて
「すぐに行くね」
と言って携帯をを切ったあと、本当に一時間もしないうちに駅までやってきた。

あきなは改札をまるで飛ぶように出てくると拓海をすぐにみとめて、大きく手を振って走り寄って来た。

「ずいぶん早く終わったんだね、レンシュウ!」

あきなはそう言うとニコッと笑って小さく首をかしげた。
拓海は新しく監督が変わったことや紅白戦のことなどを手短に話すとあきなは
「そうなんだあ」とずいぶん驚いた様子を見せた。

そしてしばらく立ち話をしていたのだけど改札口ではあまりにヘンだからふたりは
どこかへ行くことにした。

「新しくできた『館』に行ってみようか?」と拓海が店の名前をあげるとあきなも
「いいよ」と答えたので入る店はすぐに決まった。

「館」はまだ開店してから一か月も経つかたたないかの新しい喫茶店で拓海は一度、
軽音楽部の友人と来たことがあって、近いうちにあきなを連れて行こうと思っていた
ところだったのだ。

木をふんだんに使った店内は当たり前だけどとてもきれい雰囲気は高原にたたずむロッジ風の店のようだった。

拓海とあきなはふたりともアイスコーヒーを頼んだ。

「練習はどう?」

あきなはオーダーを取りに来たウェィトレスがメニューをさげると拓海に訊いてみた。

「うん。なんかちょっと、よくわからない」

「???」

拓海の話す「とぎれとぎれの情報」によるとずっと父親の言う通りにやってきたので
自分でやろうとすると何がなんだかわからなくなるらしい。結局、素振りしかなく、
それ以外はなにもやっていないらしい。

「そうなんだ」
と言ってあきなはまた笑った。

「お父さんには言ったの?」

あきなはいちばん、気になっていたことを訊いてみた。訊かずにいようかとも
思ったのだけれどやっぱりそうは出来なかったようだ。


「いや、まだ」

するとあきなにとって予想通りというかやっぱり、という拓海の返事が返ってきた。

なのであきなは「やっぱりね」
と言って運ばれてきた銅製のマグカップに入ったアイスコーヒーを口にした。

「なんでオレ、野球やることにしたんだろう?」

拓海はまだキチンと、ロンリテキ?にそれを自分にも他人にも説明する自信が
なかったのだ。だからもちろん、あきなにも、だ。

それにまだ、父親にそれを言えない、言っていないこともセツメイフカノウだった。

いま思い返すと父親が自分に課した練習はいつも論理的で合理的だった。
小さい時には気が付かなかったけれど、今になればわかる。どんなときでも、
何を求めるから何をやらなければならない、というコンセプトがしっかりとしていた。

そしてそれをどれだけやればどういう結果が期待できるのか、を拓海に納得させてから
その練習を始めた。離れてみて、時間が経過して、初めてわかることもあるんだ、
と拓海は今、思っていたのだ。

でもいや、待てよ、と拓海は思った。もしかすると「そのこと」に自分は小さいながら
うすうす、気が付いていたのかも知れない。

「父親の言っている通りにやっているからこその結果」
ってことに。

それが火種となっていつの間にか「父親に対する反抗心」にかわって行ったのかも
知れなかった。これじゃまるで、一徹に反抗しながらも抗いきれない
飛雄馬のようじゃないか?

そんな自分の内面に気が付き「父親へのアテツケ」でオレは野球をやめたのか?

あきなは黙って冷たいコーヒーをストローでススっていた。

「そんなアテツケをしたって所詮は自分の人生。親父は痛くもかゆくもない」

そう思うと拓海はなんか自分の愚かさに嫌気がさしてきた。

「あ~あ」

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