空って、こんなに青かったんだ。
さっきよりは大きな声で、しかも二本指をたてて外野まで聞こえる声だ。
うんうん、健大もいつまでもビビってはいられないよね。

だって優里亜ちゃんが応援に来てるんだからね。

で、外野のしかもバッテリーの位置から真後ろのセンターを守る拓海からは勇士の出すサインがだいたいわかる。

もちろん相当に離れているわけだから勇士の指で出すサインがきちんと見えるというわけではない。

だけどずっと一緒にやってるとだいたいの予想はつくのだ。イニングやアウトカウント、得点差や打者の特徴などなどのエトセトラで。

だから拓海は今の勇士のリードをこう解釈していたのだ。

バッターはふつうセーフティーバントはやれないはずのツーストライクで勇士が再びサードを前に出したことからストレートのややインコースよりを予想した。

だって変化球をセーフティーするバッターはいないから、キホン。

で、相手バッターは勇士が、ストレートを投げた際の万が一の可能性、ここではセーフティーのこと、までを防御するためにサードを前に出したと考えたんだ。

だからまったく頭になかったカーブにすっかりオヨイデしまってズンのめりの腰砕け打球になった。

これが拓海のカイセツ、だ。
さらにつけ加えるなら、相手打者が野球を知っているいい選手、ってことも大事。

だって二流じゃ何も考えてないから、かえって勇士の術中にハマラナクなっちゃう。
勇士はそこまで深く考えて星也をリードしてるわけ。

「つまりリ勇士は三味線を弾いたってコトか!」

そして相手バッターはまんまと勇士の弾いた三味線の音色にウットリしてしまったんだ。拓海はそう思うとなんだかうれしくなって思わずヒトリごちた。

「やるじゃん、リュウ!」

しかしここからだ大変だ。三番四番に打順が回って来る。どこが相手だろうがチームの最強打者が座る打順、それが三番と四番だ。

勇士も星也もそして守っている野手全員がもういちど気持ちをリセットした。
試合前にカントクが言っていた
「プロもいる」
っていうハツゲン、当然フツウに考えればこれから迎える三番か四番、あるいは先発投手がその候補だろう。守る全野手に緊張が走る。そして初めての左打者。

見たところ身長は183.4センチくらいか?見るからに飛ばしそうな雰囲気を持っている。これは拓海にも言えることだけどホームランバッターには他の打者には無い、特別で独特の、オーラともいうべき雰囲気があるものなのだ。

また逆に言えば、このオーラを感じることが出来ないバッテリーや選手はショウジキ、ニリュウだ。カナシイケド。だから今の英誠学園レギュラー陣にはひとりのニリュウもいないということになる。だって守っている全員がこの打者にオーラ、を感じていたのだから。

なので勇士は座りながらまず基本的なチェック事項を整理してみた。するとその中でただひとつ、ふつうの打者と違う点があった。それはややベースに近く立っている、ということだった。

このスタンスを取る打者はインコースに自信がある、そうインコースに強いバッターだ。
なぜって打者にとって最も打ちずらいボールはインハイの速い球と言われるんだから。

ここを突かれるとほぼ凡打になる、ヤマをかけていてガバッとアウトステップでもすればもちろん別だけど、そういう例外的な対処法を取らない限り、ここを突かれればほぼ「ダメ」なんだ。

もちろん好き好きはあるがこれがセオリーだ。なのにベース近くに立つということは普通ならますますインハイを打ちずらくするだけなのだ。

そのインハイの速球に負けずに打ち返すためには恐ろしいほどの腰のキレとヘッドスピードが必要になる。

つまりこのバッターは「それを持っている」ということになるわけだ。

当然、勇士も慎重になる。こういう時のセオリー、まずボール球から入る、を勇士は選択した。アウトコースにボールになるストレートで様子を見よう。

星也もこころの中でOK!と合槌を打って第一球を投じた。

「ボ~~ル!」

主審がコールする、高さは打者のベルトのあたり、ボール一個分だけ外れた切れの良い真っすぐだった。勇士はミットでボールを受けるとすぐに打者の重心がどこに移ったのかを確認した。

今の真っすぐに突っ込んでもいないし遅れてもいない、ピッタリのタイミングだ。ということは変化球ではなく真っすぐを待っていた?う~ん、まだわからない。よし、じゃあもう一球、同じ球で様子見だ。

「バチッ!」

二球目も同じコース、同じ高さに決まった星也のボールを勇士のミットが乾いた良い音をならしてキャッチした。が打者の反応は一球目と同じだった。

やっぱりストレートに比重をおいてるんだな、勇士はそう考えた。カウントはツーボールノーストライク。

次はやっぱりストライクが欲しい、よし、カーブをインコースぎりぎりにだ。
勇士が送ったサインに星也も首をふらずに一発で決めた。

右手にはめたグラブを頭上にかかげて、星也は右スパイクを高くあげて思いっ切り左腕を振り切った。

ボールは打者の背中を通るような軌跡を描いて大きく落ちながら曲がってきた。

「ヨッシャ、狙い通りだ!」

勇士がこころの中で叫んだ次の瞬間、信じられないことが起こったのだ。
そう、守っている誰しも、にだ。

「ガッキィ~~~~ん」

もの凄い金属音がした。聴いている方が聞き惚れてしまうくらいの快音だった。
しかし何がチガウカッテ、フダント、それは星也の投げたボールは星也が打球を振り返った時にはもうライトを守る圭介の遥か頭上に消えて行ってしまっていたってこと。

「エッ?オレ、ウタレタノ?」

これが星也の率直なカンソウ。そして構える勇士もバッターは何の動きも見せないので打たない、見逃すと思っていたのだ。

圭介は圭介で一、ニ歩、動いただけでもうアキラメてシマッタ、追うことを。

「でも間違いなくキンゾクオン、だったよね?」

野手はみんな、そうアラタメテカンガエタノダ。

今日の試合は英誠学園は高校生なので当然いつも通りの金属バットを使用、相手方は木製のバットをこれもいつもの通りに使用することをあらかじめ取り決めているのだ。

勇士はダイヤモンドを謙虚にまわっているバッターが打席に丁寧に置いていったバットを手にするまでもなくカクニンした。

「マチガイない。タシカニ木製ダ・・・・」

なんだか勇士は寒気がしてきた。

「リードも悪くはなかったはず。星也のボールも要求の通りだ。普通ならすっぽ抜けが頭に来るんでは?という恐怖で一瞬はのけぞるはずのボール。

そして最終的にもインハイギリギリに来ていたんだ。それをアウトステップすることなくスクウェアーに踏み込んで腰の回転とバットのヘッドスピードだけであそこまで飛ばしてしまった・・・」

センターを守りながらそのオソロシイまでの打球を目で追っていた拓海は、その綺麗な弾丸ライナーに魅了されてしまっていた。

そして
「打つとは思わなかったな・・・・」

バッターボックスから遠く離れたセンターのポジションからそう感じていたのだ。

それはトップからインパクトまでの「所要時間」がヤタラニ短かかったためにそう感じたのに違いない。

それは逆に紛れもなく「恐ろしいほどのヘッドスピード」を意味しているわけだ。
そしてもうひとつ、拓海はこの結果が出る前からこの打者の飛距離をなぜだか予測していたのだ。

それは決して大柄な体格のみではない「しなやかさ」のようなものから来る「飛ばし屋」の雰囲気なのである。

わかりやすく言うと「ボディービルダー」から飛ばしの雰囲気を察する野球経験者はまずいない。力に頼って腕っぷしでバットを振るのでヘッドスピードが出ないからだ。

遠くへ飛ばすのに必要なのは体格や腕っぷしではない、必要なのは下半身がリードして目いっぱい腰が回り切ったあとに上半身が回転を始める、そしてそのあとにグリップが入ってきて最後の最後にバットヘッドが出て来る。

大事なのはこの時間差、つまり下半身から上半身、そしてバットが一緒に出て来ちゃダメ、
なのだ。

拓海は小さい頃から父親にこの飛ばしの理論をテッテイテキニ教え込まれていたからこそ、この打者の決してボディビルダーのようではない一見、華奢にさえ見えてしまう体つきからこの打者の恐ろしさを感じ取っていたのだ。

あまりの打球のスサマジサに度肝を向かれてうな垂れる英誠ナインの前で、ダイヤモンドを一周したバッターが生還した。英誠は一点を先制されて四番バッターを迎えることとなったのだ。

勇士は主審からニューボールを受け取ると小走りにマウンドの星也に駆け寄った。

「悪い、オレの配球ミスだ」

マスクをキャッチャー用ヘルメットの上にはずして勇士は星也に笑いながらあやまった。
深刻そうな顔をしてあやまれば、星也の気持ちを余計に暗くすると思ってのこと。

健大、亮太そして祐弥、護もマウンド付近まで歩いてきて星也に声をかけたけど、でもさすがに打たれたトウジシャの星也のショックは相当にあるようでまだ平常心には戻れていないようだ。

まあ、仕方がない。あれほどの強烈な本塁打を打たれたのだから。

星也は星也で、勇士の配球ミスではなくて自らの投球が完璧に捉えられたことがショックのコンポンなんだって自分でわかってたから。

とにかく、気を取り直すしかない、いまは。でもまた次の打者も迫力のあるヒトだ・・・・
物凄い気迫が体中から炎のように燃え上がって来る。

マウンドから戻って勇士はツーアウト、と大きく声をかけてマスクをかぶり直してから中腰になった。

バッターは右打席に背筋をいちど伸ばし、ワッグルをしながら入ってきた。
三番バッターとほぼ同じ体格だ。

そしてスタンスの広さはかなり広いほう、ベースには近からず、遠からずのスクゥエアスタンスだ。この打席、まずカーブをボールゾーンからストライクゾーンに入るコースでカウントを取ろう、勇士はそう考えてサインを出した。

打たれたカーブに自信を無くしたままでなく、早くふっきらせたかったのだ、勇士は。

星也もサインにうなづいて第一球は
「ストライ~く」
となる。しかしタイミングは合っている。変化球マチ?と一瞬勇士も考えたけどまだまだワカラン。

とにかくココの三番、四番はスゴイ。

勇士は打者が待っている球種を読み切れなかったので次は「インコースに、ストレートを、ボール球で」と要求した。

ボール球にすることによって相手が打ってくるというセンタクシ、をなくさせる配球だ。だってまだジョウホウが少ない。

ここでゾーンに投げて打たれたらそれは確実に捕手のセキニンだ。バッテリーの呼吸が合って星也がモーションを起こした。野手全員の腰が落ちて誰もが「さあ来い」というジョウタイだ。

「ピシッ!」

やはり先ほどと同じ、ボールが星也の指元を離れるとき、実にいい音がした。

「ヨッシ!」

投げた星也ボールを受ける勇士も、たがいに思い通りのコースに行った、思い通りのコースに来たってことをマジマジト実感していた。
なのだけれど・・・・

エッ?またまたどっかで聞き覚えのあるキンゾクオンがして・・・・
またまたどこかで見覚えのあるケシキ?フウケイ?

たださっきは勇士からは右方向、他の野手からは左方向。でも今度はどうやら反対方向のようだ、ボールが消えて行ったのは。

今度もほとんど動けなかった駿斗の上をボールは渡り鳥のように飛んで行ってしまったのだ。

ホームラン?デスカ?
やっぱりそうみたいだな~。だって当たり前に二塁塁審が右手をグルグルって回してるんだから。

「フツウ、アソコハ、ホームランにナラナイ。ヒットもムリなトコロ」


< 31 / 62 >

この作品をシェア

pagetop