空って、こんなに青かったんだ。
 その日から三日後、県大会の抽選会が行われて英誠学園は良いくじに当たり二回戦からの出場となった。

初戦の相手は正直なとこ、あまり強いとは言えない学校だった。

そしてその後はと言えば決して油断できる相手はおらず決勝まで当たり前に気は抜けなかった。

そして最大のライバルと思われる昨年の覇者、作川学院とは別の島、そう決勝まで当たらないこととなっていた。

開会式まではあと二週間弱ある。練習も本当に仕上げ段階となって最後の見直し、という感じの練習になっていた。

そんな中、カントクサンは星也、拓海、勇士、祐弥、護の五人だけを練習後も残し、彼らだけに徹底的にピッオフプレーのお浚いをさせているのだ。

「百パーセントの成功率じゃダメだ!二百パーセント、いや、三百パーセントだ!」
と。

なので少しでも投手と野手間のタイミングがずれるとカントクサンの怒鳴り声がグラウンド中に響き渡っていた。

それは普段の温厚で律儀なイメージを根底から覆すような、凄まじい怒号だったので、これをたまたま着替えを終えてから部室に残っていて聞いてしまった控え選手が思わずマジでタイブ?を考えたくらいだったから。

そうしているうちに暦は七月へと移って梅雨の中休みともおもわれるような暑い日が続いていた。

いよいよ明日が開会式という日、英誠学園野球部員は練習が終わったあと部室に三年生だけが残っていておもいおもいに緊張の中のひと時を過ごしていた。

すると突然、啓太がバッグの中から黒の太書きマジックと真新しいバッティンググローブを取り出して康人に渡すではないか。

「なあヤス、悪いけどここに『根性』って書いてくれないか?」

いきなり言われた康人は半分口をあいたまましばらく啓太の顔を眺めていたんだけど啓太は意にも介さず
「ここな、ココ!」
と言ってバッティンググローブの手のひらの部分を指さした。

「ここに『根性』だぞ!」

そうもういちど言うと有無も言わさず康人の右手にマジックを握らせた。何事かと勇士や圭介が集まりやがて三年生全員の「輪」になっていた。

無理やり?マジックを握らされたヤスはとうとうカンネン?したのか言われるがままにそこに「根性」とへたくそな字で書いてあげたのだ。

それは全体のバランス?とかテイサイ?とかをまったくムシしたとても高校生が書いた字とは思えないほどの稚拙さと幼稚さだったので、それを見た勇士が
「しかしお前、字?へたくそだな~」
と感心するようなコメントを寄せたから、一同、大爆笑となったんだけどやっぱり、すぐに全員が啓太の気持ちを理解して我も我もとバッグの中のなにかを書けるものをと掘り出してヤスに渡し始めた。

お陰で一瞬のうちにヤスは繁盛している代書屋のようにまわりを取り囲まれて
「ちょっと待ってよ~」
と悲鳴にも似た声をあげざるを得ない状況になってしまったのだった。

「やっぱりみんな、アイツといっしょに戦いたいんだな!」

自分の思いは早々に果たした啓太はひとりユニフォームのまま部室を出て夜空を見上げて思っていた。

 あくる日の開会式が終わると英誠学園には初戦まで一週間の空白があった。そして明日は校内で行われる「壮行会」だ。

これは前代未聞の学園はじまって以来のことで、いかに今年の野球部が校内の期待を一身に集めているかの象徴的な出来事であったわけ。

でも実はこの「壮行会」が選手たちにはなぜかとっても気が重く、その理由はと言えば体育館で行われるわけであり、まず壇上に登るのは全野球部員、その中からベンチ入りメンバーが背番号順に整列してブチョウ先生より紹介されたあと、キャプテンの啓太から順に抱負を述べるという手筈になっていたからだ。

そもそも野球部というのはこういうことの実に苦手な輩の集まるブカツドウであって、そのあたりが他の運動部とは百八十度異なるわけだ。

こういう点ではなぜだかサッカー部や卓球部などのほうが数段上であって、大体においてどこの学校でも野球部というのは「そういうもの」なのだ。

英誠学園野球部においても当然のごとく例外ではなくて、啓太を唯一の例外として他のメンバーは今から実に気が重くユウウツなのである。

特に無口な健大と拓海、ブッキラボウの勇士は嫌で嫌で仕方ないようだ。

勇士などは
「こんなことなら補欠でヨカッタ」
などと罰当たりなことを言ってるとこをブチョウ先生に聞かれてしまって大目玉を食らった始末。

そしてついにその壮行会の日、そして時間がやって来てしまったのだけれど、しかしさすがに甲子園を目指す高校球児、いざ壇上に登るともう開き直ってしまって誰一人として緊張しアガッテしまうものはいなかったわけ。

みんなが驚くほどに堂々と希望と抱負を語り、万雷の拍手を浴びていた。

特にいざとなると肝の座る勇士と健大はこともあろうに
「県大会は単なる通過点、甲子園で優勝する!」

そしてこともあろうに
「全国制覇!」
と大声でぶち上げて体育館は割れんばかりの歓声で包まれてしまって、さらに拓海に至っては絶対にありえない
「甲子園でコールド勝ちします!」
といってとうとうブチョウ先生は頭をかかえてしまったのだった。

だって甲子園はどんなに点差が開いても「コールド」はないのだから・・・・

そんなことで何とか無事に壮行会も終わり明日に初戦を控えた日、久しぶりにあきな、優里亜、そして真琴の三人がグラウンドにやって来て拓海、健大、圭介の三人と駅まで一緒に帰ったのだった。

そしてそのあとはそれぞれ三組にいつの間にか分かれてバイバイ、となった。

健大と圭介と離れた拓海たちは駅のベンチに座ったまま数本の電車をやり過ごした。
ふたりで夜空を見上げて星を数えて月を眺めた。

遅くまで部活をしていた生徒たちがひっきりなしに駅へと入ってくる。そしてほとんどの三年生はふたりを見止めると「あきな!」とか「じゃな、稲森!」とか言いながら電車に乗っていく。

拓海とあきなはそんな同級生たちをもう何人も、見送っていたのだった。そしてそんな時間をニ、三十分過ごした後に、あきなが通学用のカバンから包みを出して拓海に渡した。

「これ、良かったらツカッテ!」

その包みは決して厚くはなく、でも綺麗ないかにも女の子がチョイスしたというような包み紙で丁寧に包装されていた。

「なあに?開けてもいいの?」

拓海はあきなを見て訊いてみた。

「うん、イイよ!」

あきながそう答えるやいなや、拓海はゆっくりと包み紙をはがしはじめた。そして中の箱を丁寧に開けるとそこには・・・・

「お~~~」

それは色鮮やかな外国メーカーの打撃用グローブだったのだ。

「スゲ~」

拓海はニッコリと笑った。

「ありがとう」

「明日、ガンバってね!オウエンしてるから!」

あきなはそう言うと拓海の目を見つめた。

「遅くなったから送るよ」

「うううん、ダイジョウブ。明日、早いもんね!」
拓海は箱を再び包み紙でくるんで自分のカバンに仕舞った。

「次の電車に乗ろう」

それから十分ほどしてからホームに電車が入ってきた。拓海とあきなはその電車に乗って駅のホームから消えて行った。

でもその「色鮮やかな」がちょっとしたいざこざ、を引き起こすのだ、後日・・・・のことだけれど。
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