空って、こんなに青かったんだ。
「オマエの『大遠投』見たあとな、監督がな、前の監督だけど、が、アイツを誘えって言ってな、それで啓太が調べたらしい、ネットでお前のこと。そしたらやっぱりすごい過去がわかってびっくりだったよ」
健大はその時のことを昨日のようにしゃべった。
自分たちが拓海の過去、つまりリトル、シニアの有名選手で『超中学級』のバッターであり、剛速球投手であり、そしてなんの前触れもなく『忽然と』シニア球界から姿を消したことを。
「きっとナンかの理由があってのことだろうから、『もうやらないよ、きっと』って言ったんだ、オレ、あいつらに」
健大はそう、自分が啓太や勇士たちに話したことを拓海に言って聞かせた。
「そうだったんだ」
「ああ」
そしてふたりはまた夜空を見上げたまま黙ってしまった。しばらくふたりしてそうしていると後ろから二、三人かなと思わせる足音がして振り返ると勇士、啓太、圭介の三人がサンダルをひっかけてこちらに歩いて来るのが見えた。
「なに、さぼってんだよ!」
勇士がジャージのズボンのポケットに手を突っ込んでだらしなく歩きながらこちらに向かって来る。
「お前こそ素振り、終わったのかよ?」
「ああ~」
健大の問いかけにぶっきら棒に答えると勇士は拓海の左隣にゴロンと寝そべった。
啓太と圭介は三人が寝転んでいる足元に突っ立ったまま三人を上から覗くような格好で腕組みをしていた。
「何、話してたんだよ?」
勇士は柔らかく拓海にとも健大にともないように目をあいたまま話しかけた。
「ああ、何で拓海が野球部に入ったか?ってはなし」
「おう~そうか~俺も気になるな~それで、なんでだって?」
「それが、ワカンネ、だって」
「なんだよそれ?わかんね、かよ?」
「だってよ」
勇士はとなりに寝転ぶ拓海の顔を覗き込むようにして笑った。
「お前らしいな、ワカンネ、って」
言われた拓海は無言のまま笑っていた。すると今まで黙って立っていた啓太が口を開いた。
「オレなんか、なんで生きてんのかさえワカンネ~よ」
「ハッ!?」
さすがにその壮大なイケンに啓太以外の四人は思わず固まってしまった。
「それ、今、言うか?」
「明日、準決だぞ」
「お前の悩みは果てしないな!」
そういわれた啓太は苦笑いを浮かべるしかなかったようだった。
「そうか~ヘンか?」
啓太が場の空気を変えようとしたのか少しおどける様に小首をかしげながら訊いてみた。
「ヘンだろ~」
勇士が追い打ちをかける様に、しかし口調は静かに啓太に言った。
また、しばらく沈黙があって五人はそれぞれ何かを思っているようであったが、突然、拓海がボソッとしゃべった。
「藤村操ってシッテルか?」
寝転んでいたふたりと、つっ立ったままのふたりがみんな拓海の問いかけに無反応?いやいや、その人物、名前を知らないようだった。なので四人とも、あっけにとられたままだったのだ。
「誰だ?それ?」
「野球選手か?」
「ジャニーズか?」
勇士と健大と圭介がたて続けに訊いた。でも、拓海は黙ったまま、まだ空を見上げている。
「いや、別に。知らなきゃべつにいいよ」
「なんだよそれ?気になるじゃね~かよ」
拓海の返答に勇士が食らいついたけどやはり言い方は穏やかだった。
四人は拓海が言った名前を不思議には思っていたのだけれど、どうにも聞いたことのない名前だった。
フジムラミサオについてはそこで話が終わった。またしばらくみんなが黙っていた。
そろそろ合宿所に戻ろうと圭介がいちに歩、歩き出すと
「だけどさ、何のために生きてるのか?なんてきっちりわかって生きてる奴なんて、よく考えたらいるのかね?もしいるんだとしたらぎゃくに、コワくね?そいつら」
健大が頭の後ろで両手を組んで起き上がって言った。
「だよね、えらいよね、そいつら」
「だな」
「えらいんじゃなくて、ムシンケイ、ってこともありじゃね?」
「だな」
五人はみんな、笑い始めた。クスクスと、笑いをこらえる様に、ひっそりと。
でも、笑いは蔓延していつの間にか五人は声を立てずに笑うことに往生し始めていたのだった。
※
次の日の準決勝は二試合目の午後一時、プレイボール予定だったので、七時からの早朝練習を終えた英誠ナインは軽く食事を済ませて球場へと向かっていた。
そのバスの中で拓海の隣に座っていた健大が拓海にそっと話しかけた。
「オマエ、バッティンググローブ、使ってないんだって?」
健大が言うには昨夜、あれからメールがあって、まあ優里亜ちゃんからなわけだけど、あきなから相談があって、で、その相談というのはあきなが拓海にプレゼントした色鮮やかな外国メーカーのバッティンググローブを四回戦まで拓海が使ってくれていない、ということらしいのだ。
「ああ~それ?」
「ああじゃねーだろ?なんで使わないんだよ?」
健大が拓海にノシカカルヨウニキク。
拓海はしかたなく自分の馬鹿でかい野球バッグを開けて中から箱を取り出して健大に見せたのだ。
それは壮行会の日、明日に初戦を控えた日の夜、駅であきなから拓海がもらった、あのプレゼントだ。
「だから?」
「まあ、あけてみろよ!」
言われて健大は箱を開けてみた。
「ウォ~」
「だろ?」
「ああ~、これじゃあな~」
「ああ」
「ムリだな、使えんな」
そう、拓海は使わなかったのではなくて、使いたくともツカエナカッタ、のだ。
なぜって、それはイロアザヤカ、だからなのだ。
そう、高校野球では高野連、つまり高校野球連盟の通達で使えるバッティンググローブは
黒か白の一色なのだ。ハデでカラフル、なものはシヨウデキナイ。キマリなのだ。
きっとそれを知らずにあきなは自分の美的センスを十分に発揮してしまってこのグローブを選んだのだ、タブン。
「ワカッタ、オレがメールしとく!」
健大はそういうとすかさず携帯を取り出して得意の早打ちでメールを打ってくれた。
使わないんじゃなくてツカエナイ、のだと。
そしてその理由もきちんとわかるように説明して誤解がとけるように、そして優里亜に間に入るよう、言い含めてくれた。
「ワルイナ!」
「べつに。でも、言えないし言い辛いよな、ジブンカラハ」
「ああ、イエナイヨ」
ふたりは苦笑いを浮かべて窓の外に目をやった。
その日は前半は相手投手を打ちあぐねて苦戦したのだけれど、六回に拓海が放った今大会自身二本目となるソロホームランで打線に火が付いて、その後はつるべ打ちとなり終わってみたら八対〇の圧勝だった。
英誠学園は初戦から準決勝までをすべて星也、拓海の完封リレーで勝ち進んできたのだった。
それは頑なまでのカントクサンの采配だった。どんなに星也の調子が良くても、相手が星也に「マッタク合っていなくても」必ず拓海にリレーした。
コールドになりそうな時には最終回になると思われるイニングを、そして九回まで行くときには八回からを、カナラズ拓海に預けるのだった。
「このチームを最初に見た時から、決めてましたよ。この「戦法」を。だから、最後まで貫きます。稲森で逆転されたら諦めましょう、甲子園は、素直に。初心忘れるべからず、ですよ」
カントクサンはブチョウ先生にそういったらしい、噂では。
そしてもうひとつカントクサンが変えなったもの、それに気づいたのはスコアラーとしてベンチに入っている康人だった。
「カントクサン、オマエと祐弥だけは変えてないよ、打順。ああ、あと川津もだけどアソコハ別、だもんね」
言われた拓海も気がついてなかったんだけれど、初戦の二回戦から今日の準決勝まで、毎試合、打順が入れ替わっているらしい、スタメンは固定してるんだけれど。
だけど康人いわく、一番の祐弥と四番の拓海、そしてベツワク、の九番星也だけが全試合固定されてるというのだ。
そういいながらヤスは「ほらね」とスコアーブックを拓海に見せた。確かに言われてみればそうだった。
「へー。よく気がついたじゃん!」
拓海は感心するようにヤスを見た。そういわれても拓海には「その意味」がよくわからなかったのだけれどなんとなく、心当たりはあるにはあったのだ。
それが「正解」かどうかはわからなかったのだけれど・・・・
それは県大会がもうすぐ始まろうという頃のことで、練習で何か感じがつかめなくなって、バッティングのこと、なんだけれど。
シート打撃でも良い当たりがなかなか出ずに悩んでいた時、カントクサンに言われたのだ、拓海が。
「オマエハ『腐っても鯛』だ」
って。
意味が分からずに仕方なく家に帰ってから祖父に訊いてみると
「それは悪い意味じゃない。悪口でもない。まあ、ホメてる、ってとっていいんじゃないかな!」
と言われたのだった。
「そうなの?」
と訊き返してみたのだけれど祖父は笑って
「ああ~」
と暢気そうに答えたきり、見ていたテレビ番組に気持ちは戻っていた。
「なあ、ヤス、『腐っても鯛』ってシッテルか?」
拓海は持っていたバットのヘッドを地面においてヤスに訊いてみた。
「ああ、シッテルヨ!タイは上等な魚だから腐ってても食べられる、ってことだよ!」
ヤスは迷うことなくスラスラと答えた。自信たっぷりに。
「そうなんだ」
拓海はちょっと違ううんじゃ?とは思いながらも確かに一理ある、とヤスの答えを咀嚼してみた。
「食ったこと、あんのかよ?」
「あるよ!」
「マジで?」
「うん」
「腹、とか壊さなかった?」
「べつに」
「スゲ~」
「まあね」
そこまで言うと拓海は腹をかかえて笑い出した。おかしくておかしくて仕方がなくなったのだ。小柄で小食で非力な康人が、腐った鯛を食べても平気だったという。
本当、なのか?
しかし康人は笑ってはいるが
「嘘をついた」
という顔はしていない、あくまでマジメ、だ。
「安い魚じゃダメなんだな?食べたら?」
拓海が訊き返すと
「決まってんだろ、鯛だけだよ。腐ってても食べられるのは!」
とさらに自信を増して言う。
拓海はもう腹が痛くて腹が痛くて仕方がない、それくらいおかしくてのたうち回った。
「カンベンシテくれ~よ~」
拓海が哀願してもヤスはいつもの通り、キョトンとした顔で拓海を眺めているのだ。
「なにがそんなにおかしいだよ?」
そこに勇士と健大がバットを担いでやってきたから大変だ。
「ナニ?」
勇士に笑っている理由を訊かれた拓海は笑いで息が出来ない中、やっとの思いで勇士に話して聞かせると瞬時に勇士と健大にも笑いが伝染して三人は地面に転げまわった。
「マジっすか~?」
勇士が大声をあげて笑い出したので、何事かとみんなが集まってきて相当の人だかりになってしまった。
「お~い、何がそんなに面白いんだ~?」
とうとう一緒に寝泊まりしているブチョウ先生まで騒ぎを聞きつけて出てきてしまったので
「何でもありません、戻りま~す」
と勇士が大声で答えてみんなも合宿所に戻って行き、ようやくのことでこの爆笑騒ぎは収まりをミセタ。
健大はその時のことを昨日のようにしゃべった。
自分たちが拓海の過去、つまりリトル、シニアの有名選手で『超中学級』のバッターであり、剛速球投手であり、そしてなんの前触れもなく『忽然と』シニア球界から姿を消したことを。
「きっとナンかの理由があってのことだろうから、『もうやらないよ、きっと』って言ったんだ、オレ、あいつらに」
健大はそう、自分が啓太や勇士たちに話したことを拓海に言って聞かせた。
「そうだったんだ」
「ああ」
そしてふたりはまた夜空を見上げたまま黙ってしまった。しばらくふたりしてそうしていると後ろから二、三人かなと思わせる足音がして振り返ると勇士、啓太、圭介の三人がサンダルをひっかけてこちらに歩いて来るのが見えた。
「なに、さぼってんだよ!」
勇士がジャージのズボンのポケットに手を突っ込んでだらしなく歩きながらこちらに向かって来る。
「お前こそ素振り、終わったのかよ?」
「ああ~」
健大の問いかけにぶっきら棒に答えると勇士は拓海の左隣にゴロンと寝そべった。
啓太と圭介は三人が寝転んでいる足元に突っ立ったまま三人を上から覗くような格好で腕組みをしていた。
「何、話してたんだよ?」
勇士は柔らかく拓海にとも健大にともないように目をあいたまま話しかけた。
「ああ、何で拓海が野球部に入ったか?ってはなし」
「おう~そうか~俺も気になるな~それで、なんでだって?」
「それが、ワカンネ、だって」
「なんだよそれ?わかんね、かよ?」
「だってよ」
勇士はとなりに寝転ぶ拓海の顔を覗き込むようにして笑った。
「お前らしいな、ワカンネ、って」
言われた拓海は無言のまま笑っていた。すると今まで黙って立っていた啓太が口を開いた。
「オレなんか、なんで生きてんのかさえワカンネ~よ」
「ハッ!?」
さすがにその壮大なイケンに啓太以外の四人は思わず固まってしまった。
「それ、今、言うか?」
「明日、準決だぞ」
「お前の悩みは果てしないな!」
そういわれた啓太は苦笑いを浮かべるしかなかったようだった。
「そうか~ヘンか?」
啓太が場の空気を変えようとしたのか少しおどける様に小首をかしげながら訊いてみた。
「ヘンだろ~」
勇士が追い打ちをかける様に、しかし口調は静かに啓太に言った。
また、しばらく沈黙があって五人はそれぞれ何かを思っているようであったが、突然、拓海がボソッとしゃべった。
「藤村操ってシッテルか?」
寝転んでいたふたりと、つっ立ったままのふたりがみんな拓海の問いかけに無反応?いやいや、その人物、名前を知らないようだった。なので四人とも、あっけにとられたままだったのだ。
「誰だ?それ?」
「野球選手か?」
「ジャニーズか?」
勇士と健大と圭介がたて続けに訊いた。でも、拓海は黙ったまま、まだ空を見上げている。
「いや、別に。知らなきゃべつにいいよ」
「なんだよそれ?気になるじゃね~かよ」
拓海の返答に勇士が食らいついたけどやはり言い方は穏やかだった。
四人は拓海が言った名前を不思議には思っていたのだけれど、どうにも聞いたことのない名前だった。
フジムラミサオについてはそこで話が終わった。またしばらくみんなが黙っていた。
そろそろ合宿所に戻ろうと圭介がいちに歩、歩き出すと
「だけどさ、何のために生きてるのか?なんてきっちりわかって生きてる奴なんて、よく考えたらいるのかね?もしいるんだとしたらぎゃくに、コワくね?そいつら」
健大が頭の後ろで両手を組んで起き上がって言った。
「だよね、えらいよね、そいつら」
「だな」
「えらいんじゃなくて、ムシンケイ、ってこともありじゃね?」
「だな」
五人はみんな、笑い始めた。クスクスと、笑いをこらえる様に、ひっそりと。
でも、笑いは蔓延していつの間にか五人は声を立てずに笑うことに往生し始めていたのだった。
※
次の日の準決勝は二試合目の午後一時、プレイボール予定だったので、七時からの早朝練習を終えた英誠ナインは軽く食事を済ませて球場へと向かっていた。
そのバスの中で拓海の隣に座っていた健大が拓海にそっと話しかけた。
「オマエ、バッティンググローブ、使ってないんだって?」
健大が言うには昨夜、あれからメールがあって、まあ優里亜ちゃんからなわけだけど、あきなから相談があって、で、その相談というのはあきなが拓海にプレゼントした色鮮やかな外国メーカーのバッティンググローブを四回戦まで拓海が使ってくれていない、ということらしいのだ。
「ああ~それ?」
「ああじゃねーだろ?なんで使わないんだよ?」
健大が拓海にノシカカルヨウニキク。
拓海はしかたなく自分の馬鹿でかい野球バッグを開けて中から箱を取り出して健大に見せたのだ。
それは壮行会の日、明日に初戦を控えた日の夜、駅であきなから拓海がもらった、あのプレゼントだ。
「だから?」
「まあ、あけてみろよ!」
言われて健大は箱を開けてみた。
「ウォ~」
「だろ?」
「ああ~、これじゃあな~」
「ああ」
「ムリだな、使えんな」
そう、拓海は使わなかったのではなくて、使いたくともツカエナカッタ、のだ。
なぜって、それはイロアザヤカ、だからなのだ。
そう、高校野球では高野連、つまり高校野球連盟の通達で使えるバッティンググローブは
黒か白の一色なのだ。ハデでカラフル、なものはシヨウデキナイ。キマリなのだ。
きっとそれを知らずにあきなは自分の美的センスを十分に発揮してしまってこのグローブを選んだのだ、タブン。
「ワカッタ、オレがメールしとく!」
健大はそういうとすかさず携帯を取り出して得意の早打ちでメールを打ってくれた。
使わないんじゃなくてツカエナイ、のだと。
そしてその理由もきちんとわかるように説明して誤解がとけるように、そして優里亜に間に入るよう、言い含めてくれた。
「ワルイナ!」
「べつに。でも、言えないし言い辛いよな、ジブンカラハ」
「ああ、イエナイヨ」
ふたりは苦笑いを浮かべて窓の外に目をやった。
その日は前半は相手投手を打ちあぐねて苦戦したのだけれど、六回に拓海が放った今大会自身二本目となるソロホームランで打線に火が付いて、その後はつるべ打ちとなり終わってみたら八対〇の圧勝だった。
英誠学園は初戦から準決勝までをすべて星也、拓海の完封リレーで勝ち進んできたのだった。
それは頑なまでのカントクサンの采配だった。どんなに星也の調子が良くても、相手が星也に「マッタク合っていなくても」必ず拓海にリレーした。
コールドになりそうな時には最終回になると思われるイニングを、そして九回まで行くときには八回からを、カナラズ拓海に預けるのだった。
「このチームを最初に見た時から、決めてましたよ。この「戦法」を。だから、最後まで貫きます。稲森で逆転されたら諦めましょう、甲子園は、素直に。初心忘れるべからず、ですよ」
カントクサンはブチョウ先生にそういったらしい、噂では。
そしてもうひとつカントクサンが変えなったもの、それに気づいたのはスコアラーとしてベンチに入っている康人だった。
「カントクサン、オマエと祐弥だけは変えてないよ、打順。ああ、あと川津もだけどアソコハ別、だもんね」
言われた拓海も気がついてなかったんだけれど、初戦の二回戦から今日の準決勝まで、毎試合、打順が入れ替わっているらしい、スタメンは固定してるんだけれど。
だけど康人いわく、一番の祐弥と四番の拓海、そしてベツワク、の九番星也だけが全試合固定されてるというのだ。
そういいながらヤスは「ほらね」とスコアーブックを拓海に見せた。確かに言われてみればそうだった。
「へー。よく気がついたじゃん!」
拓海は感心するようにヤスを見た。そういわれても拓海には「その意味」がよくわからなかったのだけれどなんとなく、心当たりはあるにはあったのだ。
それが「正解」かどうかはわからなかったのだけれど・・・・
それは県大会がもうすぐ始まろうという頃のことで、練習で何か感じがつかめなくなって、バッティングのこと、なんだけれど。
シート打撃でも良い当たりがなかなか出ずに悩んでいた時、カントクサンに言われたのだ、拓海が。
「オマエハ『腐っても鯛』だ」
って。
意味が分からずに仕方なく家に帰ってから祖父に訊いてみると
「それは悪い意味じゃない。悪口でもない。まあ、ホメてる、ってとっていいんじゃないかな!」
と言われたのだった。
「そうなの?」
と訊き返してみたのだけれど祖父は笑って
「ああ~」
と暢気そうに答えたきり、見ていたテレビ番組に気持ちは戻っていた。
「なあ、ヤス、『腐っても鯛』ってシッテルか?」
拓海は持っていたバットのヘッドを地面においてヤスに訊いてみた。
「ああ、シッテルヨ!タイは上等な魚だから腐ってても食べられる、ってことだよ!」
ヤスは迷うことなくスラスラと答えた。自信たっぷりに。
「そうなんだ」
拓海はちょっと違ううんじゃ?とは思いながらも確かに一理ある、とヤスの答えを咀嚼してみた。
「食ったこと、あんのかよ?」
「あるよ!」
「マジで?」
「うん」
「腹、とか壊さなかった?」
「べつに」
「スゲ~」
「まあね」
そこまで言うと拓海は腹をかかえて笑い出した。おかしくておかしくて仕方がなくなったのだ。小柄で小食で非力な康人が、腐った鯛を食べても平気だったという。
本当、なのか?
しかし康人は笑ってはいるが
「嘘をついた」
という顔はしていない、あくまでマジメ、だ。
「安い魚じゃダメなんだな?食べたら?」
拓海が訊き返すと
「決まってんだろ、鯛だけだよ。腐ってても食べられるのは!」
とさらに自信を増して言う。
拓海はもう腹が痛くて腹が痛くて仕方がない、それくらいおかしくてのたうち回った。
「カンベンシテくれ~よ~」
拓海が哀願してもヤスはいつもの通り、キョトンとした顔で拓海を眺めているのだ。
「なにがそんなにおかしいだよ?」
そこに勇士と健大がバットを担いでやってきたから大変だ。
「ナニ?」
勇士に笑っている理由を訊かれた拓海は笑いで息が出来ない中、やっとの思いで勇士に話して聞かせると瞬時に勇士と健大にも笑いが伝染して三人は地面に転げまわった。
「マジっすか~?」
勇士が大声をあげて笑い出したので、何事かとみんなが集まってきて相当の人だかりになってしまった。
「お~い、何がそんなに面白いんだ~?」
とうとう一緒に寝泊まりしているブチョウ先生まで騒ぎを聞きつけて出てきてしまったので
「何でもありません、戻りま~す」
と勇士が大声で答えてみんなも合宿所に戻って行き、ようやくのことでこの爆笑騒ぎは収まりをミセタ。