空って、こんなに青かったんだ。
第十一章
夜が明ければ、当然のように朝が来る。いよいよ決戦、決勝戦の日がやってきた。
今日も朝から強烈な陽射のカンカン照りだ。

四日前に梅雨明け宣言が出てから、連日の猛暑日だった。室温計はすでに三十度に近い。

プレイボールは午後の一時だ。

英誠学園野球部は軽くグラウンドで汗を流したあと、出発前のカントクサンからの言葉を全員が緊張しながら聞いていた。

「今まで、ありがとう。よく、こんな俺についてきてくれた。礼を言う。でだ、決勝戦はブチョウ先生が采配を振るう。すべてブチョウ先生の指示に従うこと。

じゃあ、俺の最後の仕事だ。今日のメンバーを発表する」

そしてカントクサンはスタメンを淡々と呼び上げた。まるで何事もないようにだ。

みんなはいきなりブチョウ先生が今日の采配を振るう、と言われてびっくりしたのだけれど、でももうそれも一瞬で、そう、きっとカントクサンには何か、考えがアルノだ、きっと。

だからこそ決勝戦の朝に、それをみんなに伝えたのだ。

もう、カントクサンの人となり、は十分にわかっていたから、全員が。

そのわけを、お前たちは決勝戦を戦いながら、考えろ、ということなのだ。
それがカントクサンの、オレタチに対する最後の教え、そして置き土産に違いないのだ。

よ~し、それなら、その理由を見つけてやろうじゃないか!大事な決勝戦を戦いながら!

 打順は奇しくも、初戦と同じ打順だった。もういちど、オサライ。

不動の一番は、ショート小林。

二番、曲者セカンド刀根。

三番、根性のファースト平山。

四番、不動かつイイカゲン?のセンター稲森。

五番、気合のキャッチャー龍ヶ崎。

六番、トボケのライト久保田。

七番、冷静レフト杉山。

八番、名手サード松本。

九番、ベツの意味で不動の、エース川津。

そして八回からは拓海に代わってセンターに入るキャプテンの金子。
スコアラーは胃腸の丈夫?なヤス、こと星康人。

今大会、ずっとこの十一人で戦ってきたのだった。星也に代わってマウンドに拓海が上がる。そして空いたセンターに啓太が入る。

メンバーチェンジはこれだけだった。

あとはナニモなし。代打もピンチランナーもリリーフも一切、なかった。
カントクサンは何事にも徹底していたのだ。そして合宿所に入っているメンバー全員が用意されたバスに乗り込んだ。

ナンと今日は、校長先生と教頭先生までがお見送りに見えてくれたのだ。

「是非、我が校に栄えある甲子園初出場をっ~~~!」
と雄叫び付きでの出発だった。

「スゴイな、あのキタイカンは・・・・」

「ああ、負けたらオレタチ、タイガクなんじゃ?」

そんな馬鹿なこと、いやいや、当人たちはホントにそれくらい思ったのかも知れないけれど・・・・

拓海はバスに乗り込むと自分の前の席に座っていたヤスの右肩をつついた。
そしてバッグから昨日あきながくれた真っ白のバッティンググローブを取り出して、
黒マジックとともにヤスに渡した。

「ここに、『無』って書いてくれよ!」

拓海は審判から見えない手のひらの部分を指してヤスに頼んだ。

「ム?」

「ああ~」

「ヒラガナ?」

「ハッ?」

「ム、ってヒラガナかよ?」

「なわけ、ナイだろ?」

「知ってるよ、漢字だろ?」

「当たり前のことキクナ!」

そう言われたヤスは前に向かって座りなおしてマジックで書き始めた。

「デキタゾ!」

ほんの数秒でヤスは書き終えたようで拓海に向かって後ろに向きなおした。

「ハイ!」

拓海は
「サンキュー」
といってグローブを受け取ると

「はっ~?」

グローブには拓海のキボウとは違う「ホームラン!!」と書かれていたのだ。

「なんだよこれ?チガウじゃん?(オレは欲を捨ててムシンニなりたかったんだぜ!これじゃ欲の塊じゃないかよ!)」

するとヤスはケラケラと笑って
「今日、一発、頼むよ!オマエが打てば勝てる気がする。きっと勝てるよ、拓海が打てば!」

そう言ってヤスはまた前を見て座りなおしてしまったのだ。

「それにしてもキタナイ字だナ~」

拓海はそう思ったのだけれど、後ろからヤスのクリクリ頭を見ているうちに
「ホントに打ってヤロウ!」という闘志がメラメラと湧いてくるのを感じていた。

「ナンか、打てそうは気がする。こいつのオカゲデ」

決勝会場の球場が見えてきた。今日は千人を超える全校生徒が応援をしてくれるのだ。
吹奏楽部の奏でる応援マーチ、即席のコワモテ集団の応援部、それにこれも即席のチアガール。

まさに英誠学園創立以来の大イベントとなっているわけだ。

「なんか、スゲ~な」

「よ~し、イヨイヨダナ!」

バスから降りてグラウンドに入ると、もうそこは灼熱地獄と化していた。そのすり鉢の底で、試合前の練習が始まった。

「きっと、このどこかにいるんだろうな」

拓海は小さなころから、大事な試合には絶対に応援に駆け付けた父親の姿をさがしてみた。

「きっと、いるはずだ」

しかし、ぱっと見回しただけでは到底見つけることが出来ない、それくらいスタンドは満席だったのだ。

「まあ、いいか」

拓海は気を取り直して再び練習に気持ちを向けるように自分に仕向けた。

軽いランニングとキャッチボールを終えるとトスバッティングへと移り、そして交互に行われるノックへと練習は移って行った。星也はブルペンに入って、控え捕手あいてに肩を作っている。

先行の英誠学園が先にシートノックを終えてベンチに戻った。これから相手のシートノックが始まる。

大会前の予想の通り、反対の島からは昨年の覇者であり昨夏の甲子園出場校の作川学院が勝ち上がってきたのだった。

英誠学園の野球部の歴史上、作川学院とは過去に公式戦で五回対戦、そして練習試合で二試合を戦っていずれも敗戦、つまり七戦全敗なのだった。そしてさらにおまけ付きで、うち三試合は「コールド負け」だった。

我らがブチョウ先生はそのスベテ、にカナシイかなかかわっていたわけだ。
しかしなぜか今日のブチョウ先生は「泰然自若」としている。

そう、まるで木で出来たニワトリ、「木鶏」のようにだ。

マッタク「オドオド」していない。むしろ相手の監督よりも「デン」と構えてるのだ。そして指定席、そう自軍のダッグアウトの後方、最前列にはカントクサンがこれまた「デン」と座っているではないか。

作川学院のシートノックが終わって試合開始前のグラウンド整備が始まった。

「よーし、集合!」

ブチョウ先生の掛け声で全員が円陣を組んだ。

「もう何も言わない。勝つのはオレタチだ!オマエタチガ勝つんだ!」

そのブチョウ先生の気合が選手たちに乗りうつった。啓太が円陣の真ん中で声をあげた。

「イクゼ~!」

「オウ!」

「イクゼ!」

「オウ!」

「イクゼ~~~~~っ!」

「オ~~~~~っ!」

グラウンド整備が終わった。水も十分に撒かれた。四人の審判たちが控室から出てくる。
両軍、ベンチ前に並んだ~!!!

「セイレッツ!」

主審が号令をかけた!啓太を先頭に英誠ナインが一斉にベンチ前を飛び出す。
本塁へとダッシュ。
主審から、二、三の注意があった、そして試合前の挨拶だ。

「ウォ~す」

両チーム、全員が帽子を取って大声で雄叫びをあげた。相手チームのレギュラー陣が守備位置に散っていった。いよいよ、試合開始だ。球場にアナウンスが入る。

「イッカイのオモテ~英誠学園の~コウゲキは~、いちばん~、ショート~、コバヤシくん~」

これが、高校野球の独特のアナウンス、イントネーションなのだ。これじゃなくては、コウコウヤキュウがハジマラナイノダ。
ついに主審が右手を挙げた。

「プレイ!」
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