空って、こんなに青かったんだ。
 最終回、九回表は八番の亮太からだった。英誠学園としては延長戦にはしたくない。

なぜって、野球ってスポーツは「後攻め」が圧倒的に有利なスポーツだから。。
なのでプロ野球では必ずホームのチームが「後攻」なのだ。

何としてもこのイニングで得点して既定の九回で決着をつけたい。それがブチョウ先生の腹づもり、でもあったわけである。

そのためにはまず、先頭打者だ。先頭打者が出塁すること、これがダイジ。
しかし亮太は七球も粘ったのだけれど、最後は三遊間の深いショートゴロに終わって塁に出ることは出来なかった。

ワンアウトだ。次打者は途中出場の啓太だ。

八回の打席では見事な初球攻撃で、同点の足掛かりとなるセンター前ヒットを放っている。

「ボールから入って来るだろう」

啓太はそう読んでいた。

「なら、この打席は長引かせてやる。亮太だって七球も投げさせたんだ。オレだって!」

啓太の読みの通り、相手バッテリーは手間暇を惜しまず、実に丁寧に球数をかけて攻めてきた。

そして啓太はフルカウントからさらに四球をカットで逃れて、最終的にフォアーボールをもぎり取って一塁に出た。相手投手も、もう相当に疲れている。一目瞭然だ。

なにしろこの暑さの中でもうすでに九回、しかも彼は全試合ひとりでナゲテイルノダカラ。高校野球っていうのは、ある意味、プロよりもカコクなんだ。

しかし、勝負に妥協や無闇な温情は禁物。自分がヤラレテしまうから。
英誠学園は序盤から相手投手に球数を投げさせることを全員でトリクンデ来たのだから、カツタメニ。

さあ、啓太の出塁でまたまた盛り上がってきた一塁側スタンド、もう泣いても笑っても最終回だ、延長戦にハイラナイかぎりは。

「いちばん、ショート~コバヤシくん!」

ここは併殺がいちばん怖い。それだけはサケタイ。ここは手堅くオクリ、だ。
祐弥は初球できっちりと決めた。

ツーアウトながらランナーは二塁。バッターは護だ。ここで作川学院は外野陣に極端な前進守備を指示してきた。

逆転となるセカンドランナーの啓太に本塁生還を許さないためにだ。
打率は高いけど長打力には乏しい護の資質も考慮に入れている。

外野の頭は越えない、と読んだのだろう。

これじゃ百パーセント、ワンヒットでのホームインは無理だ。

「どうせワンヒットじゃダメなんだから、欲を捨てて軽打、で行こう!」

護はおそらく外角主体になるだろうと読んでいた。

「いくら俺でも、インコースに引っ張れるボールが来たら長打もある。外野の頭を越すこともある。この前進守備の中、そんな攻め方を相手がするわけがない。インコースは見せ球だ。

勝負球はアウトコースにマチガイナシ!」

この護の読みの通り三球目にアウトコースぎりぎりを狙った真っすぐがやや甘く入って来て、護はこれを三遊間にきれいに運んだ。

レフト前ヒットだ!だけど当然、啓太は三塁にストップだ。
ツーアウト二三塁、勝ち越しのチャンスはフクランデ、ツヅイタ。

そしてここで健大がバッターボックスに入る。今日はここまで一安打、何としてもイッポン、ホシイ。

ネクストでは拓海がじっと戦況を見つめている。そして思っていた。

「こういう時に、なんとかするんだよな、アイツは・・・・」

しかしここは、あまり期待しても念じてもいけない。こういう時の投手の心理はとてもコントロールするのがムズカシイのだ。

期待しすぎると、無得点で終わった時のショックが大きくて、次回のピッチングに影響して、ヒビク、のだ。

リトルリーグ時代の監督にオソワッタから。

「自己の心をコントロールすること」
だ。

期待はする、だけど凡打で終わっても落胆せずに平常心で次のマウンドに上がることだ、タイセツなのは。

「サンバン、ふぁーすと、ひらやまっ君!」

一塁側は最後の力を振り絞ってのワッショイいワッショイだ、空手部と柔道部の学ラン踊りが夏空にやけにスサマジイ。

「ヒラ!頼むぜ~!」

拓海の次に控える勇士がダッグアウト左隅のバットケースの横で大声をあげている。

「ヒラのことだから、初球で決めるだろうな」

拓海はそう思っていたし、勇士も同じ気持ちだった。そしてブチョウ先生もそう指示を与えていたのだった。

「平山、迷わず初球から行け。ただし、球種かコースのどちらかにシボッテだ!」

ピッチャーの汗が顎を伝ってしたたり落ちていく。サインが決まった。長いセットだった。
足があがる、踏み込んだ!

「ビシッ!」

中指が球を切る音が聞こえてきたようだった。だが次の瞬間、糸を引くような打球がセンター前に飛んで行った。

健大が待っていたのは真っすぐだったのだ。それを力むことなくコンパクトにバットを出していった健大の勝ち、だった。

三塁から啓太が小躍りしながらホームをフム!

英誠学園が勝ち越し、ついについに逆転だ!

「イイぞ~ひらやまッ~~~~~っ!」

ワッショイワッショイの連打連呼、ブラスの音が夏の空に響き渡っている。

「ヨバン、ピッチャー、イナモリくん~」

ランナーはセカンドに護、そして一塁に殊勲の健大がいる。なのでキホン、歩かせることはデキナイ。

「ストライクから入ってくることはない場面だ。でも相当に疲れてる。手元が狂うことは十分にアリエル。初球がゾーンに来たら行こう。カーブを待って!」

拓海は冷静に相手を分析して対策を決めた。作川学院はもう一点もやれない場面だ。
しかしバッターは長打力のある拓海だ。

このイニングの二点目をやらないために外野を前に出して頭を越されれば一塁の健大をも返すこととなる。三点差だ。

それはもう、致命的、負けを意味する。
作川学院は外野を定位置に戻して拓海と勝負に出た。

「初球に集中!」

拓海は心を鎮めた。
セカンドランナーの護を目で牽制してピッチャーがモーションに入った。

右腕をトップにっ~~~ナゲタっ~~~!

「キッィ~~~ん」

芯でとらえた打球は打った瞬間にセカンドベースの右を矢のように抜けて右中間に寄っていたセンターの前に飛んで行った。

しかし打球があまりにも強烈すぎて、セカンドランナーの護は三塁でストップ、英誠はツーアウトながら満塁として作川学院におそいかかっていた。

キャ~~~~~っ!と女子生徒のカン高い声がスタンドに木霊する。
相当前の卒業生と思われるオールドファンは万歳三唱だ。

あまりの打球のスピードで前が詰まり二塁までしか進めなかった健大が、一塁の拓海に向かって右腕を振り上げてガッツポーズを見せた。

「ゴバン、キャッチャーりゅうがさき君!」

勇士は大歓声の一塁側応援団のマーチに乗って三球目をやはりセンター右にきれいに運んだ。

しかし、今日の勇士には何かがツイテいるのか、またもや打球は伸びすぎてイイところに守っていたセンターの正面を突いてしまったのだった。

敢え無くスリーアウトチェンジ。
五回の護の本塁憤死といい、今日二回目のフウン。

頭をかかえながらベンチに戻ってきた勇士にヤスが笑いながらつぶやいた。

「少しは工夫しろよ、リュウ!」

ヤスはどうやら笑いをコラえるのに必死だったようだ。

「バ~か、計算通りなんだよ、オレは。悪いもんゼンブ落としてから甲子園に行くんだよ!
ワカッタカ!」

どこまでもツヨキ、の男だなのだ、勇士という奴は・・・・

「さ~てと、行ってくるか~最終回へ!」

勇士はうそぶくようにひとり言をいうと、マスクをかぶってベンチを飛び出していった。

そう、勇士が言う通り、最終回なのだ、泣いても笑っても。この回をゼロで押さえれば
ついに甲子園、なのだから。
< 58 / 62 >

この作品をシェア

pagetop