常務の秘密が知りたくて…
 私が心配しているのはそういうことではないが、本当の理由を言うのも躊躇われる。おかげで会話よりも着々と家に近付いていることが気になってしょうがない。

「運転者さん、あの街灯の所で停まってください」

 堪らなくなって私は声をあげた。

「おい」

「もう家はすぐそこですから。あそこからなら大通りに復帰しやすいですし」

 何か言いたそうな常務に早口で捲し立てる。私の指示通りタクシーは停まってくれたのでお金を払って降りようとすると、それは常務に制された。食事までご馳走になったので迷ったが、とにかく今はここで別れることが先決だ。

「わざわざありがとうございました。おやすみなさい」

 寒さもあるが私はタクシーが大通りに出るまでそこを動かずに見守った。そしてテールランプが視界から消えたところで歩き出す。ここまでして家を知られたくないのにはそれなりの理由がある。

 私の家、正確には借りているアパートは築二十五年のとてつもなく古いものだった。その名も「かすみ荘」大家のおばあちゃんの名前からつけられたらしい。

 外観はすっかりくたびれているし雨漏りもするしでお世辞にも快適とは言いづらい。壁も薄いから生活騒音も気を遣うし防犯面でも気にはなったりするのだが、それでも住めば都だ。

 私は外付けの階段を極力音を立てないように上がっていくが、それでもどうしても音は響く。手すりは錆びれているので使ったことはない。階段を上がって二番目が私の部屋だ。
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