常務の秘密が知りたくて…
「とにかくそういう理由です。確かに古いアパートですけど悪くはないですよ」

 会社から支給される家賃補助プラス一万くらいの予算で見つけたのが今のアパートだった。この話をすると、たいていの人は気を遣って反応に困ってしまうようなので私もあまり言わないようにしていたのだが。

 事情を聞いて常務は大きくため息を吐いた。

 何の反応も期待していなかったので、開いた資料を印刷して常務のところに持っていこうと立ち上がる。常務は席には座らず立ったまま自分の机にもたれかかってこちらを見ていた。

「馬鹿か、お前は」

「は?」

 私は唖然とした。期待していなかったとはいえ馬鹿呼ばわりはないだろう。それとも仕事のことだろうか。

「自分のことを犠牲にしてまで人に尽くしてどうする。馬鹿としか言いようがないな」

 常務の声には嫌悪感のような刺々しさを感じた。だから少しだけ怯んでしまう。いつもは座っている状態で渡す資料も今は立っているからか距離も近くて見上げる形になっている。それでも私は反論した。

「犠牲だなんて思っていません。私が自分で決めたことです。それに紗良や両親が幸せなら……」

「さら?」

 驚いたような常務の声に私まで驚く。

「すみません、妹の名前です。常務、妹をご存知なんですか?」

「いや……」

 気まずそうに視線を逸らされ私は首を傾げる。そこまで珍しい名前ではないだろうし知り合いにでもいるのかもしれない。とりあえず資料を常務に差し出す。

 常務も素直に受け取ろうとしてくれた、ように思えた
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