常務の秘密が知りたくて…
 紙かインクのものなのか本屋独特の香りが私は少し苦手だった。自動ドアが開くと、いらっしゃいませという店員のお決まり文句が聞こえてくる。

 青白い蛍光灯が煌々と照らし同じように仕事帰りの人もちらほら見られた。店内は暖かくコートにマフラー、そして手袋という完全防備の私にとってはオアシスというよりサウナのようだ。

 脱ぐかどうか迷ったが、欲しいものは決まっているので右手の壁側にある書架を目指す。さすがに手袋ははずして自分よりやや背の低めの位置に並んでいる本の中からめぼしそうなものを手にとっていく。

 店は歩道沿いに全てガラス張りになっているので通行人がそれぞれの目的地に向かってせわしく足を動かしているのが目に入るが、私は気にせず本選びに集中した。

 私が探しに来たのは花の簡単な生け方の本だ。本格的な内容の本が多かったが、家庭用に花を綺麗に見せるためのものを扱った本にさっと目を通す。パラパラとページを捲りながら荒れた指先がピリッと痛んだ。指同士をこすり合わせながら吟味して一冊を選ぶ。

 どうせ、すぐに代わることになるのに。

 常務の秘書になることが決まったとき、それが面白くなかった先輩たちに散々言われた言葉だ。常務の秘書の入れ代わりが激しいのは周知の事実だし、力量不足だと判断されたらその役をすぐに降ろされる。

 それが常務の意志なのか上の計らいなのかはわからないが。だから私だっていつ御役御免になるかわからない。それでも今は他の誰でもない私が常務の秘書なのだから、出来ることを精一杯やりたい。
< 27 / 100 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop