常務の秘密が知りたくて…
「ありがとう、ございます」

「ちゃんと塗っとけよ。じゃないと俺が相当こき使ってるみたいだろ」

 そこでさっきの思考が復活した。やはり常務は私だから、というより私が秘書だから優しくしてくれるのだ。

「常務は優しいんですね」

「さあな。にしても、わざわざ気にしてたなんて妬いてくれたのか?」

「違います! そんなのじゃありません!」

 意地悪い笑みを浮かべた常務に私は即座に否定したものの、正直な感想を続けた。

「……でも、どんな形であれ今までの秘書たちがどうして常務に惹かれたのかわかった気がします」

 きっとそれは秘書だけの話ではないのだろうけど。顔も怖いし態度もぶっきらぼうで、いつも面倒くさそうで。それでもちゃんと見てくれている、優しくしてくれる。それはとても――。

 意識しなくても胸の鼓動が早くなり、余計な動揺を悟られたくなくて私は再度お礼を告げるとくるりと常務に背を向けた。

「お前はどうなんだ?」

 背中で受けた言葉に私の足が止まる。けれど振り向くことは出来ない。

「何がですか?」

 感情を押し殺して尋ね返すと常務が少しだけ戸惑ったのが気配で伝わってきた。

「いや……」

 口ごもる常務に私もそれ以上何も言わずに席に戻る。常務はどんな答えを期待したんだろうか。もしその期待通りの答えを口にしたら、私たちはどうなっていたんだろうか。

 わからない。痛いくらい早鐘を打つ心臓の音は何よりも正直なのに。
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