常務の秘密が知りたくて…
 そんな常務に課長がフォローを入れて少し崩れた花道を通り秘書課を後にした。常務の不可解な行動について何人かに色々と訊かれたが初対面なのは間違いない。だから常務だって名前を訊いてきたのだ。

 あれこれ言われたが、結局は花道にいなかった社員のことまで気にかけてくれたのだろうという結論になった。

 私はというと、いつまでも鳴り止まない心臓を押さえながら常務の行動よりも自分の気持ちのほうに戸惑っていた。沈めていたはずの、忘れていたはずの気持ちが心の中を支配していく。

 言葉に表すのは難しく複雑に折り重なったこの感情をどう自分の中で落ち着けていいのかわからない。常務に会うことはもうないのに。そう思っていた。


「異動ですか?」

 常務が秘書課を訪れてから三日後、課長に呼び出されて告げられたのはいきなりの異動話だった。なんとも中途半端な時期である。

「正式な辞令はまたあるだろうが、君には来週から長丘常務の秘書を務めてもらう」

 その言葉に近くのデスクの社員たちからどよめきがおこった。しかし一番驚いているのは私自身だ。

「ちょっと待ってください。私では経験が浅すぎますし、それに」

「急なのは申し訳ないとは思うが上が決めたことだから私に言われても困る」

 きっぱりと言い捨てられ、ことなかれ主義の課長にそれ以上は何も言えず私は自分のデスクに戻った。私が長丘常務の秘書? 信じがたい現実に愕然としていると何人かの女子社員たちの視線を感じた。

 羨望、嫉妬、好奇心、様々な感情が入り乱れていることに私は気づかないふりをしながら、とにかく仕事を進めた。これは常務の希望なのか、それともただの偶然なのか。
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