常務の秘密が知りたくて…
「残念ながら見つからないわ。それどころじゃないし」

「えー。見つからないなら早く見つけてもらいなよ」

「もっと難しいって」

 ついつい声が大きくなってしまった。おっといけない。あまり大きな声は隣に響いてしまう。声のトーンを落としてしばらく他愛ない話で盛り上がり電話を切った。とにかく元気そうな声が聞けて何よりだ。

 仕事のことがわからない大学生にとっては、やはり恋愛の方に話をもっていきやすいのだろう。そういえば就職活動で悩んでいたときに「こんな会社もあるよ」とこの会社を教えてくれたのは紗良だった。

 まさか受かるとは思っていなかったが、この仕事をしているのはよく考えれば妹のおかげなのだ。こうして常務の秘書をしているのも。

「運命の人、か」

 コートをそのままの体勢でだらしなく脱ぎ捨て、炬燵の奥へとじりじりと身を沈める。常務の顔が浮かべながら、私の思考はずっと同じところを回っていた。

 正直、堀田さんの言うように自分は特別なんじゃないかって自惚れているところもあった。だからそれを見透かされて私は何も言えなかったのだ。行く気は全くないが、もし私が堀田さんのところに行くと言えば常務はなんて言うんだろうか。

『お前だから――』

 でも坂本様の話が本当なら常務には忘れられない大切な人がいるらしい。それなのに秘書だからではなく私個人に優しくしてくれるのはどうしてなのか。それは――。

 目の奥がじんわりと熱くなる。けれど今は自分の気持ちに向き合っている場合ではない。そして思考を遮るように私の携帯が机の上で大きく揺れた。
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