常務の秘密が知りたくて…
 例外なく今日も残業だ。一大プロジェクトが頓挫しそうな状況でも通常業務だってあるのだからしょうがない。ふと時計を見れば午後九時半。腕を思いっきり伸ばそうとしたところで常務が部屋に戻ってきた。

「お疲れ様です」

 急いで体勢を戻して条件反射のようになっている言葉を告げるが、常務は何も言わずに渋い顔をしていた。歩み寄ってコートを受け取ろうとすると、不意打ちのように常務の左手が私の頬に触れた。

「ひゃっ!」

「少しは目が覚めたか?」

 触れられたことにも驚いたがそれよりもあまりの冷たさに声を上げてしまった。一歩引いて触れられた頬を温めるように自分の手を頬に遣り、常務を恨みがましく見る。

 なんでこんな簡単に触れたり出来るのか。動揺を悟られなくて片方の手に渡されたコートを持ち直す。

 私の気持ちなんておかまいなしに常務は意地の悪い笑みを浮かべていた。しかし、それはすぐに申し訳なさそうな表情になる。

「悪いな、遅くまで」

「いえ。大変なのは常務の方ですから」

 本当にすまなさそうに告げられたので、私は常務のしたことについては何も責めずに温かい飲み物でも淹れることにした。自分の机ではなく、ソファの方で私のまとめた書類を確認している常務の元へ私も飲もうと淹れたコーヒーを運ぶ。

「どうぞ」

 反応はなかったがそれをいちいち気にすることもない。私は自分のデスクに戻ろうと腰を伸ばした、そのときだった。何かがブチンと切れるような音がして部屋が一気に真っ暗になった。
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