常務の秘密が知りたくて…
 思えば常務は私のことを知りたいと言いながら、ずっと私に誰かを重ねて見ていた気がする。お酒が好きだと言ったときも、甘いものがあまり得意ではないと伝えたときも、花のことを訊かれたときも。

『そうか。お前は飲めるんだな』

『こういうの好きだろ』

『お前も好きなんだな』

 それは誰と比べて言ってるの? 常務が私に優しくしてくれるのはその人と似ているからで、きっとその人と似ていないところが気に障ってあんな風に嫌悪感溢れる眼差しをぶつけられたりするのだ。

 そんな結論に至ると色々なことが納得できて、同時に胸の奥が千切れそうに痛んでそれがずっと消えない。
  
「私は白須絵里です。他の誰でもなくて私は私なんです」

 勝手に結論付けて意味不明なことを本人にぶつけたところで、何も変わりはしない。常務だってこんなことを言われて困っているだろう。常務の言うとおり、馬鹿だ、私。

 しばらく部屋に沈黙が降りて、耳の奥がつんとなるほど静かだった。鼻を軽くすすって何かを言おうとしたときだった。

「悪かった」

 突然、常務の口から出た言葉に驚いて私は顔を上げた。少し困ったような常務と目が合う。

「代わりにしていたわけじゃないんだ。そんな風にお前を追い詰めるつもりも」

 驚くほど常務の声が穏やかだったので、いつの間にか視界が涙に滲んで私は俯いた。そして首を静かに横に振る。

「謝らないでください。こちらこそ変なこと言っちゃてすみません」

「俺が謝らなくていいなら、お前だって謝る必要はないだろ」

「私、今ちょっと調子が悪くてなんか変なんです。だから忘れてください、秘書なのにこんな迷惑かけちゃって」

「ここのところ色々あったから、お前も疲れてるんだろ。それに迷惑なんかじゃない」

 落ち着いた常務の声が耳に心地よくて、そして俯いているから余計に頭の重さを感じた。私はぐっと唇を噛みしめて再び身体を横に倒した。
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