甘味と苦味のキャラメルマキアート
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僕が彼女と初めて出会ったのはフィリピンのマニラのマビニストリート沿いのフィリピンパブだった。
格安航空券が取れて友人とフィリピン旅行にきていた。
いらっしゃいまっせー。
店の前で呼び込みをするフィリピーナ。
たどたどしい日本語で話すフィリピーナに常夏の国フィリピンにいるんだなと思うと身震いがする。
何故なら数年前に来たときにスリにあったことがあるからだ。
お金を数万スラれた嫌な思い出だ。
今回フィリピンに来たのはたまたま友達と休日が合い寒い国じゃなく熱い国に行きたいと話したからだ。
僕らの住んでる街は冬は真っ白な景色になり外に出るのも億劫になる。
だからこそ年中熱い国への憧れがあるからだ。
僕としては他の国がよかったのだけれど友人はフィリピンに行ってみたかったのでつきあうことにした。
マビニストリートを歩く。
方々にKTVがある
チカチカのイルミネーションの光がとても眩しい。
KTVというのはフィリピンパブのことだ。
あの店に入ろうぜと友人がいった。
ああ構わないよ、入ろうか。
今回の旅行は彼に主導権を握らせている。
というのもつい最近長年つき合っていた彼女と別れたからだ。
理由を聞いたら性格の不一致だと言った。
でも本当の所はわからない。
彼はそれ以上聞いて欲しくなさそうに頭を掻いたからだ。
彼の癖で何か理由をごまかす時によくやる。彼は気づいていないが、言いたくないのだろうなと彼の気持ちを尊重した。
友人は呼び込みの女性を気に入った様子だ。
ドアを開けると十数名はいるだろうか、フィリピーナがたどたどしい日本語でまたいらっしゃいまっせーといった。
「すきな子をえらんでください」と黒服が急かす。
胸にプレートがついていて喋れる言語が書いてある。
日本語可能と書いてる子は日本語がしゃべれますよとボーイはいう。
フィリピーナの顔や身体をなめるようにみる友人。
私を選んでという視線に少し吐き気を催す。こんなオーディションのような審査員をしたことがない、至って真面目に生きてきた僕には仕方がないことなのかもしれない。
あのフィリーピーナマジ可愛いわ、日本語喋れるみたいだし、あの子にするわと友人がいきまいてる。
少し大袈裟にはしゃぐ友人は何かを忘れたいように見える。
僕は...店内のライトに少し立ちくらみのような目眩を感じた。視線に映る光が歪み淀めいていく。
そんな感覚に陥っていた。
暇潰しとはいえ心は落ち着かない。
誰でもいいかとは思いつつもプレートはみる。
決して女性が嫌いなわけじゃない。
ただ慣れていないだけだ。
ざっと見渡したが特に気に入った子はいない。
僕はタバコをくわえた。
火をつけようとしてポケットのライターを探すが見つからない。
ああそういえばイミグレーションで押収された事に気付いた。
「はい」と近くにいたフィリピーナがタバコに火をつけてくれた。
顔は中の上といったところか。
嫌いな顔ではない、少し顔がふっくらした顔でどちらかと言えば好みの部類にはいる。
誰かに似ているが思い出せそうにない。
じゃあこの子を指名するよとボーイにいった。
ありがとうとフィリピーナが満面の笑みで言った。
ああ思いだした。
恋は突然にやってくる。
僕が大学生だった頃の話だ。
もう10年は経つのだろうか。
当時大学生だった合コンで出会った女の仕草に恋をした。
彼女は決して美形ではなかったと思う。
ただくしゃっと無邪気に笑った彼女に恋をして、心を奪われ、やがて傷ついた。
このフィリーピーナに当時の記憶を重ねていた。
ああ...また僕は恋をするのかもしれない。
苦しくてせつない恋を。
席に通されソファーに座る。
指名した女がやってきて隣に座った。
「こんばんわ、フィリピンにいつきた?」
「さっきホテルに着いたばかりだよ」
「わたしニホンゴはニガテ、あまりわからない」
「じゃあ英語で話そう、留学した経験があるから多少は喋れるんだ」と答えるとニホンゴ、ムツカシイネと彼女は言った。
こういう店にいくのは日本でもあまり経験がない。
僕が指名した女の名前はラブリーといった。
「あなた名前はなんてゆう?」
「ゆうじっていうんだ」
彼女は日本語は上手ではない。
何を飲むか?と日本語と英語を織り混ぜながら聞いてくる。
僕はフィリピンのビールのサンミゲルを注文した。
私も飲んでいい?と聞いてきた。
好きなの飲んでいいよというと彼女はテキーラを頼んだ。
相当酒に強いらしい。
テキーラすきなの?と聞くと女性の飲み物は一部が歩合になるシステムらしい。
僕らは基本的に英語で話をしてお互いの自己紹介をした。
彼女はフィリピンの南のミンダナオ島のダバオという街から出稼ぎにきて、今は友人とシェアして暮らしているとのことだった。
私は日本に出稼ぎに行きたい。
お金を貯めて家族を養わなければいけないの、でも簡単にビザはとれないと彼女の身の上話を聞く。
僕らは観光で来ていて、明日は観光地を回るつもりでいることを話した。
ラブリーの話しによるとフィリピン人は海外での不法滞在が多いためビザの審査が厳しくなっているとのことだった。
Imitation marriageって難しい?と彼女は唐突に聞いてきた。
偽装結婚?どういう意味なんだろう。
ぼくは意味はわからず難しいんじゃないかなと答えた。
僕はサンミゲルを飲みながら彼女達の貧しい生活環境を聞きながらビールを飲んだ。
お客様そろそろお時間ですが延長なさいますか?とボーイが言いにきた。
もちろん延長!と友達が言った。
まあ付き合うか、テキーラを彼女達にと僕は言った。ラブリーは僕の頬っぺたにキスをした。
心が充足していく、ゆっくりと空に浮かんだシャボン玉のような感触を味わっていた。
僕は彼女に心を奪われ始めていた。
また苦しい恋をする予感がそこにはあった。
大手の下請けの部品メーカーとしてネジを製造している工場で働く僕は総務部に所属している。
帰宅時間はそう大幅に変わらない。
僕が退社する頃に夜間勤務の若い工員が出勤してくる。
三勤交代の工員たちは今からが出勤のため絡む事も少ない。
今夜は昨日入社した女性社員の歓迎会がある。
こういった飲み会の類いは苦手で参加しないのが常であるが同じ部署内の隣の席とあっては後々やりづらい事もあるだろうと思い出席していた。
ここはいつも歓送迎会で使うチェーンの居酒屋。
新入社員の名前は武内里美。27才。
中途採用で総務部に入社した武内は少し緊張した面持ちで店員が持ってきたピッチャーのビールを各諸氏に注いでまわっている。
「きみの歓迎会なんだからそんなことはしなくていいよ」と毎朝奥さんに愚痴っぽく怒鳴られながら身支度をしてるであろう50代代表の総務部長が言った。
猫をかぶっているのか、僕が彼女のグラスに注ごうとすると恐縮そうな顔をし照れ笑いをした。
「乾杯」と高らかに大声を放つ総務部長。
おいおい隣の部屋まで聞こえるような声を出すか!
何十人もいるならまだしも数名の我々の飲み会にそんな気合いの入った掛け声はいらないだろう、メタボリックシンドロームは仕方ないにせよ、襟の部分が黄ばんだワイシャツはやめてくれと心の中で叫ぶ。
おまけにこのお通しはなんだ、酒のつまみならもう少しまともなのをだせよ。安いチェーン店じゃ仕方ないか.. だから飲み会は嫌いなんだ。やはりくるんじゃなかったなと考えていた。
そんな事を考えながら飲んでいると隣の武内が僕に話しかけてきた。
「鈴原さんはもう入社して何年目ですか?」
「えーと僕は新卒で入社して10年になるので総務部ではもう中堅の部類にはいりますね。総務は辞める人間も少ないし、欠員が出た訳でもないですし、今回うちが工員ではなく総務部員の募集をしてたのを知らされてなかったから、ちょっとびっくりしてますど。」やや緊張したせいか長々と敬語で話しをしてしまった。
「実は私...縁故入社なんです。社長の姪にあたりまして、元々東京で働いてたんですけど退職して実家に戻って来たんです。それで就職口を探してる事を知った叔父さんから、ならうちにこないかと言われて。」
「なるほどね、でなきゃこんな時期におかしいもんね、まあでも総務部は雑用ばかりの部署だから慣れるまでは大変だけど、たまに工員同士のケンカもあったりして。」「そんな事があるんですか?」
「それで仲裁に入った人間が二次災害を被るもんだから、最近はそれも総務部のひとつの仕事になってる。仲裁役は僕が多いけどね。でも女性の場合はそういったことがないからまあ慣れたら一番楽な部署だよ」
「鈴原さんは音楽の楽ってなんて読みますか?」
「楽?うーんそうだな...ラクって読むかな、
「私はたのしいって読みます。読みたいんです。そんな仕事をしたいんです。らくな仕事をするつもりはありません」武内はそうきっぱりと言った。
「僕は別にらくをしているわけじゃないよ」武内の言い方に少し怒りを覚え声を荒げてしまった。
武内は申し訳無さそうに視線を落として
「気に触ったのならすいません、ただそう思って仕事をしたいと思ってるということを伝えて置こうと思って。」と言った。
「それなら部長に言った方が一番効果的だよ。部長は熱い男だからね!」心にもないことを言って会話を終わらせようとしたが彼女の質問は続く。
「鈴原さんって独身ですよね。彼女とかいるんですか?」
「その質問に答えなきゃいけない?」
「いや、ただいるのかなと思って...」
「...ちょっと前に別れたよ...」
「鈴原さんにご結婚の意志はありますか?」
「さっきから武内さんの質問の意図がよくわからないんだけど、そんなに話しもしてないのに僕の個人情報を聞くのは失礼だと思わない?」
「すいません...変な質問ばかりして。」
「まあ別にいいけどね。」僕はジョッキのビールを飲み干しこういった。
「もう32歳だからね。結婚の意志はもちろんあるよ。周りもうるさいし、でもこればかりは相手がいないとね。」と
真面目に答えた
武内が僕のジョッキに注いで僕の目を見て、そして...神妙な顔でこう言った。
「じゃあ鈴原さん...私と結婚してください!」彼女は確かにそう言った。
突然の言葉に僕は「はあ?」と答えた。
しかしその言葉に嘘や偽りはないように思えた。
僕はタバコに火を付けて思考を巡らした。
結婚か...
ジリジリと燃えたタバコの灰がテーブルに落ちた。
「鈴原さん、鈴原さんってば」竹内が隣で話してる。
僕は時計の針を気にした。
フィリピンの露店で買った腕時計の針は止まっていた。
格安航空券が取れて友人とフィリピン旅行にきていた。
いらっしゃいまっせー。
店の前で呼び込みをするフィリピーナ。
たどたどしい日本語で話すフィリピーナに常夏の国フィリピンにいるんだなと思うと身震いがする。
何故なら数年前に来たときにスリにあったことがあるからだ。
お金を数万スラれた嫌な思い出だ。
今回フィリピンに来たのはたまたま友達と休日が合い寒い国じゃなく熱い国に行きたいと話したからだ。
僕らの住んでる街は冬は真っ白な景色になり外に出るのも億劫になる。
だからこそ年中熱い国への憧れがあるからだ。
僕としては他の国がよかったのだけれど友人はフィリピンに行ってみたかったのでつきあうことにした。
マビニストリートを歩く。
方々にKTVがある
チカチカのイルミネーションの光がとても眩しい。
KTVというのはフィリピンパブのことだ。
あの店に入ろうぜと友人がいった。
ああ構わないよ、入ろうか。
今回の旅行は彼に主導権を握らせている。
というのもつい最近長年つき合っていた彼女と別れたからだ。
理由を聞いたら性格の不一致だと言った。
でも本当の所はわからない。
彼はそれ以上聞いて欲しくなさそうに頭を掻いたからだ。
彼の癖で何か理由をごまかす時によくやる。彼は気づいていないが、言いたくないのだろうなと彼の気持ちを尊重した。
友人は呼び込みの女性を気に入った様子だ。
ドアを開けると十数名はいるだろうか、フィリピーナがたどたどしい日本語でまたいらっしゃいまっせーといった。
「すきな子をえらんでください」と黒服が急かす。
胸にプレートがついていて喋れる言語が書いてある。
日本語可能と書いてる子は日本語がしゃべれますよとボーイはいう。
フィリピーナの顔や身体をなめるようにみる友人。
私を選んでという視線に少し吐き気を催す。こんなオーディションのような審査員をしたことがない、至って真面目に生きてきた僕には仕方がないことなのかもしれない。
あのフィリーピーナマジ可愛いわ、日本語喋れるみたいだし、あの子にするわと友人がいきまいてる。
少し大袈裟にはしゃぐ友人は何かを忘れたいように見える。
僕は...店内のライトに少し立ちくらみのような目眩を感じた。視線に映る光が歪み淀めいていく。
そんな感覚に陥っていた。
暇潰しとはいえ心は落ち着かない。
誰でもいいかとは思いつつもプレートはみる。
決して女性が嫌いなわけじゃない。
ただ慣れていないだけだ。
ざっと見渡したが特に気に入った子はいない。
僕はタバコをくわえた。
火をつけようとしてポケットのライターを探すが見つからない。
ああそういえばイミグレーションで押収された事に気付いた。
「はい」と近くにいたフィリピーナがタバコに火をつけてくれた。
顔は中の上といったところか。
嫌いな顔ではない、少し顔がふっくらした顔でどちらかと言えば好みの部類にはいる。
誰かに似ているが思い出せそうにない。
じゃあこの子を指名するよとボーイにいった。
ありがとうとフィリピーナが満面の笑みで言った。
ああ思いだした。
恋は突然にやってくる。
僕が大学生だった頃の話だ。
もう10年は経つのだろうか。
当時大学生だった合コンで出会った女の仕草に恋をした。
彼女は決して美形ではなかったと思う。
ただくしゃっと無邪気に笑った彼女に恋をして、心を奪われ、やがて傷ついた。
このフィリーピーナに当時の記憶を重ねていた。
ああ...また僕は恋をするのかもしれない。
苦しくてせつない恋を。
席に通されソファーに座る。
指名した女がやってきて隣に座った。
「こんばんわ、フィリピンにいつきた?」
「さっきホテルに着いたばかりだよ」
「わたしニホンゴはニガテ、あまりわからない」
「じゃあ英語で話そう、留学した経験があるから多少は喋れるんだ」と答えるとニホンゴ、ムツカシイネと彼女は言った。
こういう店にいくのは日本でもあまり経験がない。
僕が指名した女の名前はラブリーといった。
「あなた名前はなんてゆう?」
「ゆうじっていうんだ」
彼女は日本語は上手ではない。
何を飲むか?と日本語と英語を織り混ぜながら聞いてくる。
僕はフィリピンのビールのサンミゲルを注文した。
私も飲んでいい?と聞いてきた。
好きなの飲んでいいよというと彼女はテキーラを頼んだ。
相当酒に強いらしい。
テキーラすきなの?と聞くと女性の飲み物は一部が歩合になるシステムらしい。
僕らは基本的に英語で話をしてお互いの自己紹介をした。
彼女はフィリピンの南のミンダナオ島のダバオという街から出稼ぎにきて、今は友人とシェアして暮らしているとのことだった。
私は日本に出稼ぎに行きたい。
お金を貯めて家族を養わなければいけないの、でも簡単にビザはとれないと彼女の身の上話を聞く。
僕らは観光で来ていて、明日は観光地を回るつもりでいることを話した。
ラブリーの話しによるとフィリピン人は海外での不法滞在が多いためビザの審査が厳しくなっているとのことだった。
Imitation marriageって難しい?と彼女は唐突に聞いてきた。
偽装結婚?どういう意味なんだろう。
ぼくは意味はわからず難しいんじゃないかなと答えた。
僕はサンミゲルを飲みながら彼女達の貧しい生活環境を聞きながらビールを飲んだ。
お客様そろそろお時間ですが延長なさいますか?とボーイが言いにきた。
もちろん延長!と友達が言った。
まあ付き合うか、テキーラを彼女達にと僕は言った。ラブリーは僕の頬っぺたにキスをした。
心が充足していく、ゆっくりと空に浮かんだシャボン玉のような感触を味わっていた。
僕は彼女に心を奪われ始めていた。
また苦しい恋をする予感がそこにはあった。
大手の下請けの部品メーカーとしてネジを製造している工場で働く僕は総務部に所属している。
帰宅時間はそう大幅に変わらない。
僕が退社する頃に夜間勤務の若い工員が出勤してくる。
三勤交代の工員たちは今からが出勤のため絡む事も少ない。
今夜は昨日入社した女性社員の歓迎会がある。
こういった飲み会の類いは苦手で参加しないのが常であるが同じ部署内の隣の席とあっては後々やりづらい事もあるだろうと思い出席していた。
ここはいつも歓送迎会で使うチェーンの居酒屋。
新入社員の名前は武内里美。27才。
中途採用で総務部に入社した武内は少し緊張した面持ちで店員が持ってきたピッチャーのビールを各諸氏に注いでまわっている。
「きみの歓迎会なんだからそんなことはしなくていいよ」と毎朝奥さんに愚痴っぽく怒鳴られながら身支度をしてるであろう50代代表の総務部長が言った。
猫をかぶっているのか、僕が彼女のグラスに注ごうとすると恐縮そうな顔をし照れ笑いをした。
「乾杯」と高らかに大声を放つ総務部長。
おいおい隣の部屋まで聞こえるような声を出すか!
何十人もいるならまだしも数名の我々の飲み会にそんな気合いの入った掛け声はいらないだろう、メタボリックシンドロームは仕方ないにせよ、襟の部分が黄ばんだワイシャツはやめてくれと心の中で叫ぶ。
おまけにこのお通しはなんだ、酒のつまみならもう少しまともなのをだせよ。安いチェーン店じゃ仕方ないか.. だから飲み会は嫌いなんだ。やはりくるんじゃなかったなと考えていた。
そんな事を考えながら飲んでいると隣の武内が僕に話しかけてきた。
「鈴原さんはもう入社して何年目ですか?」
「えーと僕は新卒で入社して10年になるので総務部ではもう中堅の部類にはいりますね。総務は辞める人間も少ないし、欠員が出た訳でもないですし、今回うちが工員ではなく総務部員の募集をしてたのを知らされてなかったから、ちょっとびっくりしてますど。」やや緊張したせいか長々と敬語で話しをしてしまった。
「実は私...縁故入社なんです。社長の姪にあたりまして、元々東京で働いてたんですけど退職して実家に戻って来たんです。それで就職口を探してる事を知った叔父さんから、ならうちにこないかと言われて。」
「なるほどね、でなきゃこんな時期におかしいもんね、まあでも総務部は雑用ばかりの部署だから慣れるまでは大変だけど、たまに工員同士のケンカもあったりして。」「そんな事があるんですか?」
「それで仲裁に入った人間が二次災害を被るもんだから、最近はそれも総務部のひとつの仕事になってる。仲裁役は僕が多いけどね。でも女性の場合はそういったことがないからまあ慣れたら一番楽な部署だよ」
「鈴原さんは音楽の楽ってなんて読みますか?」
「楽?うーんそうだな...ラクって読むかな、
「私はたのしいって読みます。読みたいんです。そんな仕事をしたいんです。らくな仕事をするつもりはありません」武内はそうきっぱりと言った。
「僕は別にらくをしているわけじゃないよ」武内の言い方に少し怒りを覚え声を荒げてしまった。
武内は申し訳無さそうに視線を落として
「気に触ったのならすいません、ただそう思って仕事をしたいと思ってるということを伝えて置こうと思って。」と言った。
「それなら部長に言った方が一番効果的だよ。部長は熱い男だからね!」心にもないことを言って会話を終わらせようとしたが彼女の質問は続く。
「鈴原さんって独身ですよね。彼女とかいるんですか?」
「その質問に答えなきゃいけない?」
「いや、ただいるのかなと思って...」
「...ちょっと前に別れたよ...」
「鈴原さんにご結婚の意志はありますか?」
「さっきから武内さんの質問の意図がよくわからないんだけど、そんなに話しもしてないのに僕の個人情報を聞くのは失礼だと思わない?」
「すいません...変な質問ばかりして。」
「まあ別にいいけどね。」僕はジョッキのビールを飲み干しこういった。
「もう32歳だからね。結婚の意志はもちろんあるよ。周りもうるさいし、でもこればかりは相手がいないとね。」と
真面目に答えた
武内が僕のジョッキに注いで僕の目を見て、そして...神妙な顔でこう言った。
「じゃあ鈴原さん...私と結婚してください!」彼女は確かにそう言った。
突然の言葉に僕は「はあ?」と答えた。
しかしその言葉に嘘や偽りはないように思えた。
僕はタバコに火を付けて思考を巡らした。
結婚か...
ジリジリと燃えたタバコの灰がテーブルに落ちた。
「鈴原さん、鈴原さんってば」竹内が隣で話してる。
僕は時計の針を気にした。
フィリピンの露店で買った腕時計の針は止まっていた。