リーダー・ウォーク
松宮に拗ねられて結局券は返せなくて手元に残る。
ここはもう素直にお言葉に甘えてレストランでお食事をしようと思う。
いつまでも手元に置いていても勿体無いし、置いていたらいたで現金に
してしまいたい欲望をこらえ切れなくなるかもしれない。
「チワ丸を預けてもいい?俺の代わりにまず母親に挨拶させる」
「はい。母も犬好きですからきっと喜びますよ」
明日の準備でまだ忙しいようで今日は泊まらず部屋にも入らず
チワ丸だけ預けて松宮は帰る。部屋の前まで送ってもらった車内
本当はすぐ離れるべき、でも出て行けず少し話すことにした。
「犬飼ってるんだったな。まあ、よろしく」
「明日のミーティングは上総さんも来るんですか?」
「そうだけど?なに?」
「そんな露骨に怒ることないじゃないですか」
「怒ってない。名前を出されると反射的にイラってするだけ」
「……怒ってる」
「それで。あいつが出るからどうだって?」
「いえ、お仕事頑張ってください」
詳しいやり取りなどは分からないが兄というだけで反発していた頃よりは
ビジネス上は素直にやりとりをするようになったのはきっと良いこと。
次兄の恭次とも同じようにやり取りが出来るようになったのかも知りたいが
名前を出したら絶対怒るのでそこはいわない。
「……あのさ、稟」
「はい」
そろそろ出て行こうかとした所で珍しく口ごもりもぞもぞと
気まずそうに視線を外しながらも松宮が言ってくる。
「自分で言うのもなんだけど、俺は凄い飽きっぽい。
何かに熱中してもどうせ時間が経てば冷めるんだろうなって思ったら
その時点で興味なくなって、さっさと捨てて新しい刺激を探してた」
「……」
「そんな男だから、あんたが俺をイマイチ信用してないのはわかってる。
親に紹介とか本当はしたくないんじゃないかとも思ってる。
何時俺が冷めてあんたを捨てるかわかったもんじゃないからな」
「そうですね。何時貴方の気まぐれが終わるのかは気になります。
私がもう少し若ければ飽きるまでお付き合いさせてもらう所なんですけど。
この前も言ったけど流石に永遠に最後まで1人は嫌なので、
私からもある程度経ったらお話をさせてください」
何時相手から切り出されるかハラハラし続けるよりも、
頃合いを見て自分から切り出す権利だってあるはずだ。
「……」
「それじゃチワ丸ちゃんお預かりしますね」
彼がこんな話をしたのは何故だろう。
もしかして親には会ってくれるが期待はするなよ、という釘刺し?
だったら普通にいつものノリで言えばいいのに。すんなり受け入れるのに。
何も言わない松宮を他所にチワ丸の入ったキャリーをとってマンションに入る。
『別れようなんて言ってないからな。一言も言ってないからな』
「そうですね」
『上の奴にムカつく事言われたからさ』
「そうですか」
受け入れる、と言いながらちょっと不機嫌で。部屋に入ったらすぐ
松宮から電話がかかってきた途端機嫌が良くなるのは何でだろう。
やっぱり私は彼に期待しているのだろうか。なんて。
『なあ稟』
「はいはい」
『明日さ、母親ホテル泊めて俺たちも泊まろう』
「いきなりホテルなんて」
『予約は俺が入れる。もちろんいい部屋にする。でも母親とは別の部屋』
「崇央さん?」
『稟とセックスしたい』
「切っていいですか?」
『冗談で言ってない。マジな気持ち。……頼む』
「……う、うーん。でも、その。えー」
どうしよう、ここでそんな事言われてOKだして良いものか。
だけど電話越しの彼は真面目な感じ、いつもの余裕もなさそう。
これが欲求不満からだったら神経を疑うものだけど。違うと思う。
私は彼に求められてるんだなぁと顔を真赤にしつつ実感している。
『だめか。稟』
「……1回だけなら」
『わかった。……じゃあ、また明日』
「はい」
『チワ丸よろしく』
顔が赤い稟の様子を伺うように顔を覗き込むチワ丸。
そんな彼を抱っこして、深い深いため息をして。
母親に明日の予定メールを送って。長かった1日が終わる。