リーダー・ウォーク

何時もはあんな天使のような笑みで近づいてくるチワ丸なのに。
松宮に抱っこされてこちらを見つめる彼は歯をむき出しにして、
聞いたことがないくらいの低い唸り声で稟を睨みつけている。
トリミングの時だっていい子で我慢しているというのに。

「崇央さん」
「なに」
「チワ丸ちゃん。凄い顔してます」
「そう」
「……崇央さんが怒ってるから?」
「かもな」

一旦部屋に戻り、そんなグルグル唸っているチワ丸をベッドに寝かせて
頭を撫でると寂しそうにクゥンとないて寝転ぶ。飼い主を追いかけてくる
様子はない、いい子でベッドで待っているようだ。
さあ、ここからは二人だけ。お風呂に入る、予定だけどどうなるだろう。

「あの。一つ、聞いてもいい?」
「なに」

言葉少なく風呂場に向かい、脱衣所で一緒に脱いで。
広いお風呂に向かい合って浸かる。

「どうしてそんな頑なにお兄さんが嫌なんでしょう」
「……」
「干渉してほしくない問題なのはわかってます。でも。
貴方とこれからも一緒に居ようって思ったら。避けては通れない。
避けるにしても、理由をちょっとくらいは教えてもらわないと」

アイツラが嫌だから。仲が良くないから。

と言われただけじゃやっぱり分からない。稟は他人だからかもしれないけれど、
接してみて長兄も次兄もそんな極端に拒むほど悪い人には思えない。
チワ丸だって、飼い主の手前近寄らないが興味はあるようでしっぽは振っている。

「……別に。何をされた訳じゃない」
「じゃあ」
「三男で気楽にやっていきたいのに、上の連中が何かと面倒なことを言うからさ」
「……」
「後は、そうだな。母親の葬儀の時に。俺が居ないからって、アイツ等に
崇央なんて生まれてこなければ良かったと。言われたくらいだ」
「崇央さん」
「じゃあ望み通り死んでやろうかと思っても。ガキじゃ方法が分からなかった。
悩んでも苦しんでも、誰も俺の話を聞くやつはいない。どいつもこいつも上っ面だけ。
惰性で大人になったって、何も代わりやしない」
「……」
「俺には何も無い。けど、今はチワ丸が居るからな。だから死んでやらない」
「私も居ます」
「そうか。じゃあ。稟とチワ丸が居る」
「はい。だから、嫌だけど。貴方に干渉してやろうって覚悟決めました」
「そう。いいんじゃない。今までの女って俺がちょっと不機嫌なったらそれ以上
突っ込んだ話しようとしなかったから。稟らしいよな、そういうところ」

ここでやっとムスっとしていた顔が優しい穏やかな顔に戻る。
そして、そっと稟の手を握った。

「私も。何が有るわけじゃないです。ワンコと御曹司様が居るくらいで」
「十分だろ?俺とチワ丸が居れば」
「駄目ですよ。トリマーとして独り立ちしたいですもん。
崇央さんだって。飼い主さんとしてもっとチワ丸ちゃんと精進して」
「わかった。応援してる。あんたも、これからもサポートしてくれ」
「はい」
「勝手に一人でイライラして馬鹿らしいよな。チワ丸にも緊張させた。反省する」
「私はただ、もちちゃんという小さな命をサポートしたいだけです」
「わかってる。ただ、意地はってただけ。稟は、そういう女だ」

その手を軽く引かれて、彼に急接近して。キスをする。
今までで一番自然で無理のない、優しいもの。

「それにしても。いくら何でも酷いですよね。謝ってもらいましょう!」
「いいよ。別に。アイツらに謝られても気持ち悪いだけだしさ」
「でも」
「いいから。稟に愚痴れて、少し楽になった。後は稟で俺を楽にさせて」
「……私は凄い重労働で疲れる奴ですよね?」
「そんな事ないよ。たぶん」
「うそつきっ」

でも断れない空気、なんでしょうねこれって。

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