リーダー・ウォーク

時間とはあっという間に過ぎていくもので。
店から帰宅して10日分の荷造り。

父親との連絡もしておりタイミングを合わせて彼の家に来る。
学校の三者面談より初めてのバイト面接より緊張する。

「……なぜため息がでるんでしょうか。私。何が不満?」


新しい職場は少しずつ慣れていくしお客さんも知った顔が居たりする。
そう離れてはないから、貴方はあの店舗の…と声もかけられる。
チワ丸しか指名客は居なかったが案外覚えられているものだ。

私生活はこれ以上無いほどに充実しているけれど。
肝心のトリマーとしての芽はどうなんだろうか。


もしも神様にどっちか1つを選べと言われたら。
私はどうするだろう。


「いらっしゃい。歓迎会は19時からだよ」
「お世話になります上総さん。わざわざ玄関まで来ていただいて」

タクシーで松宮家の前まで来て恐る恐る玄関をあけたら当主が居た。
連絡はもちろん事前にしていたけれど、ちょっとびっくり。

「今このタイミングを逃したら君と話す事が困難だろうから」
「え?」
「うちの三男は君を独占する気だからね」
「そんなの気にしないで何かありましたらズバズバっと仰ってください」
「ありがとう。さ、どうぞどうぞ」

10日間の滞在予定で自由に家を見ていいとも言われたけど。
ただ兄たちと一緒に居るのは極力控えろとか部屋には行くなとか
見える範囲にいろとか成約があった。聞く気はそれほどないけど。

「いらっしゃい」
「何か運動でもしてたんですか」

部屋を用意してくれる、という話だったけれど何も聞いてない。
長兄さんも何も知らない様子だったのでまずは彼の部屋へ。
ノックして少し待って、出てきた彼は若干汗ばんでいる。

「家具を組み立ててた。出来たのが来ると思ったらバラバラで来てさ」
「そうなんですか。お手伝いします」
「いいよもう出来たし。部屋案内するからついてきて」
「はい」

肉体労働は人に任せそうなのに。案外好きなのかな。
不思議に思いながらも一緒に廊下を歩き、といってもすぐそこで。
私に与えられた部屋の扉を開ける。

「こんなんでいいか分からないから気に入らなかったら壁紙とか変えるし」
「十分すぎるくらい広いし綺麗です」
「いいの?今後お泊りの際はここを利用してもらうし、色々変えたくない?」
「チワ丸ちゃんのクッションが足りません。もっと置いて欲しいくらい」
「置いとく」

高級なホテルってきっとこんな感じ。
掃除してくれたのだろうけど、匂いも無く生活感もなく。
ベッドはふかふかそうだしこの滞在中はセレブ生活だ。

汗臭いからシャワーを浴びてくるといって部屋を出ていった。
私にチワ丸を残し自由にどうぞとだけ言って。

「チワ丸ちゃんのベッドはここでしょう。おトイレはこっち。
それから玩具箱はここにしよう。ああ、それでもまだ広い」

ちょっと滞在するだけだけどいつもと違うってやっぱり新鮮。
ここからお店にも出勤するわけで。悪くない、と思う。

浸っていたその時。

カリカリカリ…と何かをひっかく音がドアからする。


「君専用の爪とぎがあるんだ。他ではいけないと言ったろ」
「恭次さん。と、もちちゃん」

ドアを開けると白いもちっとした子猫が足元にじゃれついてきて
それを心配そうに見守る恭次。

「驚かせて申し訳ない。廊下を散歩させていたら」
「いえいえ、また成長しましたね。もっちもち」

 弱っていたもちは手厚い保護の下すくすく成長し元気いっぱいに。
チワ丸とも仲良くしている。飼い主さんは未だにピリピリしていても。
 彼らはなかよし。

「ブラッシングは好きで良かったんですが爪切りがどうも」
「またお手伝いしますから」
「ありがとう。ほら、もち帰ろう。煩いのが来るぞ」

恭次が手を伸ばすともちはひょいと彼に抱っこされて。
一緒に戻っていった。自由気ままなところはあっても中々賢い猫だ。

「チワちゃんもお兄ちゃんになったんだねぇ。成長してるね」

自分はしてる?

「稟」
「うわ!びっくりした。崇央さん突然すぎます」
「ドア開けっ放しでチワ丸と見つめ合ってたから。
何かあったのかと思って」
「もちちゃんが挨拶に来てくれただけですよ」
「あそう。あいつ中々賢いやつだ」
「そうですね」
「荷物置いたら俺の部屋来て。良いもの見せる」
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