リーダー・ウォーク

ぐっすりと眠っている1人と1匹。
稟は部屋の隅に体育座りで早く顔の赤みが引くようにだけ祈っていた。
まさか起きてるなんて思ってなくて。でも、そもそもなんで名前で呼んだ?
松宮に甘いことを言われてちょっといい気になってるのかもしれない。

あくまで相手は雇い主でありお客様だから。

って何度同じことを考えてる?駄目だ頭がグルグルしてきた。
稟は携帯を取り出し撮り溜めた写真を眺める。
今まではお店の犬とか猫とかが多かったが最近はもっぱらチワ丸ばかり。

田舎で働いていた頃は携帯は電話とメールしか使わず写真機能なんて
使ったことも無かったっけ。

「私の人生っていったい」

それなりに色々とあったはずなのに写真にも記憶にも残ってない。
今あるのは幸せな人様のワンコ。
分かってたはずなのに、だんだんそれが寂しくなってきて携帯をしまう。

「……お見合いしとくべきだったかなぁ」

母親が散々やれやれとうるさく言ってきたお見合い。
田舎だから人と人との繋がりが強く情報網もネット並みに早い。
何処に未婚の女子が居て、何処に嫁を探してる男が居てとすぐ分かる。
そして、女は2,3年仕事をしたら結婚することが当たり前だと思っている。

私には夢があるからと何もかも投げ捨てて都会へ出てきたはいいが

全部中途半端で、こんな有様じゃ笑われるよね。



「何だ?休む前より疲れた顔してるな」
「ちょっと考え事をしてて…」
「なるほど、煮詰まっちまったのか。顔が3歳は老けたな」
「さ。…どうせアラサーです」

どれくらい経ったか、松宮が起きてきて。
それに合わせてチワ丸も目を開けておもいっきり口を開けて欠伸。
これは普通に眠いだけで怖いとか不安からくるものではない。

「冗談だって。いい時間だしそろそろ帰ろうか」
「はい」
「途中何か甘いモノとか茶でも飲んで落ち着いたらいい」
「あ。いいですね」
「だろ。俺は甘いの嫌いだけど、あんたのために敢えて寄ってやる」
「……いいです後でコンビニスイーツ買います」
「ははは。遠慮すんな。いい店知ってるから、行くぞチワ丸。こい」

珍しそうに部屋を歩き回っていたチワ丸だが松宮の言葉にすぐに反応し彼の元へ。
キャリーにおとなしく収まり、ランの人にお礼を言ってその場を後にする。
次回は何時になるか分からないけれど、オモチャを持参して遊ぶ予定とのこと。

「……予約とかしないんですか?」
「ん?何なら個室でも借りきってやろうか」
「そこまではいいです」

いい店、ということで。
今度はどんな高いお店へ行くのかとハラハラしていた稟だったが。

「そこだ。この前通った時に見たんだけどさ、なんか美味そうな感じする」
「そうですね」

まさかの予約も予備知識もない、道沿いのカフェ。ちょっとびっくり。
甘いモノが嫌いだから食べるのは稟だからなんでもいいということだろうか。

「チワ丸はまた寝ちまったから。今のうちだ」
「いいんですか?テイクアウトできるそうですし」
「いや。いい。…あんたと2人で話がしたいと思ってるから」
「……」

あれ雲行きが怪しいぞ。

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