天に見えるは、月


「……よく、存じ上げております」

モンドが一八〇センチ越えの長身だとわかってはいたけれど、これまで彼を間近で見たことはなかったから、実物はこんなに大きかったのかと香凛は改めて思った。一五六センチの香凛では、だいぶ見上げなければいけない。

氷の瞳に耐え切れず、香凛はすぐさま視線を下ろした。


「えー、それで……橘さんには中村課長のアシスタントについてもらうから」

単に紹介されるだけだろうと油断していたせいで、その岩佐部長の言葉に思いきり吹っ飛ばされた。驚きすぎて声が出ない。

香凛が口を開けたまま固まっていると、岩佐部長がその場を取り繕うように苦笑する。

「というわけで、中村課長。彼女は総務課から異動してくる橘香凛さん。来月から君のアシスタントにつくから」

一瞬にして、ピリリとした空気が部屋に張り詰めたのがわかった。

「た……橘です。よろしくお願いします」

岩佐部長に視線で促され、香凛はそう言ってとりあえずモンドに頭を下げた。頭の中が混乱していてなにがなんだかよくわかっていなかったが、そうしなくちゃいけないことぐらいは理解した。


「中村です」

思いがけず低音のいい声が部屋に響く。全体朝礼かなにかの時にマイクを通した声は聴いたことがあったけれど、ホールに反響していたせいであまりよく聴き取れていなかった。モンドがこんなにいい声の持ち主だったとは。

「しかし……」

そのいい声までもが、途端に冷たさを孕んだ。


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