天に見えるは、月
「橘さん……」
岩佐部長の弱々しい声が聞こえて、ハッと我に返る。青ざめた顔の岩佐部長を見て、香凛は血の気が引いた。
「……ふっ」
と、頭上から鼻で笑ったような声が聞こえてきた。香凛が恐る恐る見上げると、驚くことにモンドは僅かに口角を上げている。
「失礼。馬鹿にしたつもりはなかったが、そう聞こえてしまったようだな。俺は、性別で仕事の内容を変えるような真似はしないし、それで判断することもない。橘さんにも今までのアシスタントと同様の仕事をしてもらうから、そのつもりで」
モンドはくるりと向きを変え、もう部屋の扉の前まで歩を進めている。
香凛はその後ろ姿を見ながら、ドキドキしていた。何せ、あのモンドに宣戦布告してしまったのだ。
「どんな仕事ぶりを見せてくれるのか、楽しみにしてる」
振り返り、最後にそんな恐ろしい台詞を残して、モンドは部長室から出て行った。
昔から「女の分際で」とか「女のくせに」と言われるのが嫌いで、ついカッとなってしまった。
が、言ってしまった後に後悔しても、もう遅い。
「困ったなぁ……」
岩佐部長は額の汗を拭っている。多分それも冷や汗なのだろう。
香凛は『従順な部下』という評価を早くも落としてしまったことに「すみません……」とただ頭を下げるしかなかった。