天に見えるは、月
「モンドのこれまでの実績は聞いているでしょ? モンドはこの『ナカムラ・トレーディング』を支える太い柱になっていると言ってもけっして過言じゃない。彼があの歳にして課長職に昇進したことも、営業一課にいる人間なら誰しも頷くところだし」
「それは……わかりますけど」
「それにね、いなくなったアシスタントたちには悪いけど、やっぱり彼らの能力はその程度だったんだよ。モンドのせいだけじゃない」
やはり弓削もエリート集団の一員なんだと、話を聞いて納得した。
営業一課がそういう場所なのはわかっている。わかっているけど……。
優しくかけられた梯子を、最初の三段目ぐらいで外されてしまった気分だ。
「ごめんね。橘さんをただむやみに不安がらせただけになっちゃったね」
「……いえ」
弓削の声のトーンは優しい。でももう、香凛の耳に素直に入ってくることはない。
「なにか困ったことがあったら、いつでも相談に乗るよ。いや、困ったことがなくても僕にはなんでも話してくれていいし」
「……ありがとうございます」
さらに、弓削にうさんくささまで感じてきた。香凛は顔を上げず、ただ義務的に回鍋肉を口に運んだ。もう何を食べても味はしなかったが。
「モンドもいくらなんでも、きっと女の子には今までのように手厳しくしないと思うよ。そもそもそれを期待して、今回モンドのアシスタントに女性社員を起用しようって話になったんだし」
それを聞いて、香凛は岩佐部長の青ざめた顔と『困ったなぁ……』という呟きを思い出した。
あれはそういう意味だったのか。女性社員だからと下手に出ていれば、モンドも今までのような酷いことを言わないだろうと。
のっけから思いきり岩佐部長の思惑をぶち壊してしまったんだと思ったら、香凛は岩佐部長に対して少し申し訳ない気持ちも湧いた。
でも、一番強く思ったのは――。
「弓削さん、本当にいろいろとありがとうございます。四月から頑張りますね」
――女を馬鹿にするな!
面食らった様子の弓削を置いて「お先に失礼します」と、香凛はトレーを持って笑顔でその場から立ち去った。