天に見えるは、月
いざ、営業一課へ
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「はい、営業一課です!」
まだ午前中だというのに、香凛はすでに喉が枯れそうになっていた。まさか、課の代表電話にこれだけ多くの電話が掛かってくるとは正直思っていなかった。
大概、取引先からの電話は個人の携帯か、その人のデスクの電話に直接掛かってくる。だから、どちらかと言えば代表に掛けられる電話は総務のほうが多いだろうと思っていたのに、恐ろしいことに数は総務の比じゃない。
代表電話を取る仕事は下っ端の役目だと覚悟はしていたけど、初日からこの状態では、この先どうなってしまうのか。
「なにか、飲み物でも飲んでおいでよ」
電話を担当者に回し終えたタイミングで、隣から弓削にそう言葉を掛けられた。
「でも……」
「いいよ、その間は俺が電話取っておくから」
弓削は香凛が英語以外の言語は話せないため、ありがたいことに国内と英語圏以外の電話を代わりに繋いでくれている。この戦場のような営業一課の中で彼はオアシス的な存在だとは思うのだけど、香凛はまだ弓削に幾許かの胡散くささを感じていた。
でも、ここは素直に受けておくことにする。
「……すみません。お言葉に甘えさせてもらいます」
「はいはい、いってらっしゃーい」
笑顔で小さく手を振る弓削に頭を下げて、香凛はオフィスを出てすぐの休憩スペースへと向かった。
ここには六畳ほどのスペースに自販機やコーヒーサーバーが置かれている。これは営業一課のためだけに作られた場所。営業一課が社内でいかに優遇されているかわかる。
香凛は紙コップにコーヒーを注ぎ、それに普段はほとんど入れない砂糖をたっぷりと入れた。こくりとひと口飲んで、喉を潤す。