天に見えるは、月
「……よりにもよって営業一課なんて、ある意味では栄転かもしれないけど、ある意味では左遷よね」
「そんな、はっきりと言わなくたって……」
困惑していると、実夏が香凛の肩に手を置いた。
「だって営業一課と言えば、普通の社員レベルじゃ働けない部署なのよ?」
「改めて言われなくても、よーくわかってるよ」
ここ『ナカムラ・トレーディング』は、食料品や飲料品を海外から輸入し、生産・販売を行っている会社だ。世間での社名の認知度は低めかもしれないけれど、海外の有名どころの食品はほぼ『ナカムラ・トレーディング』が日本の総代理店を努めていると言っても過言ではない。
母体は大財閥の大手商社『中菱(なかびし)商事』。でも子会社だからといって侮るなかれ、会社の規模はその辺の大企業にまったく引けを取っていない。
その『ナカムラ・トレーディング』の中でも営業一課というのはエリート中のエリート、選ばれし者しか入れない部署だ。そこで働く社員は英語はもちろんのこと、中国語やフランス語など何か国語も操るつわもの揃い。しかもハードな仕事環境ゆえ男性社員のみで構成されていて、女性は事務や経理的なサポートをしている派遣社員が数名いるのみ。
そんな部署になぜ、正社員の自分が異動になるのか。
香凛は酷く困惑していた。話せる言語だって、英語がやっとだというのに。
「しかもあの“モンド”と毎日顔を突き合わせるだなんて……目の保養にはなるかもしれないけど、その前にわたしならストレスでどうにかなっちゃいそうだわ」
実夏はそう言って体をブルブルと震わせている。