天に見えるは、月
『モンド』
その呼び名を聞いて、香凛はひとりの男性社員を頭に浮かべた。
……そうだ。ハードな仕事内容よりも一番問題なのは彼だ。
彼の本当の名前は、中村 恭介(なかむら きょうすけ)。一八〇センチ超えの長身で、ハーフかと思うほど鼻筋もとおった凛々しい顔をしている。
営業成績は常にトップ。大口の取引を何件も成立させてきた実績や営業手腕が評価されて、二年前、驚くことに二十九歳にして課長に昇進した。営業一課で課長職、と言うだけでもこの『ナカムラ・トレーディング』では物凄いことなのに、異例のスピード出世は取引先の企業までもざわつかせた。
そんな好条件が揃っている男性が社内にいれば、普通なら女性達がほっとくはずはないのだけど、モンドに近寄った人間がいたという話は今まで一度も聞いたことがない。
それはなぜか。
普段から近寄りがたいオーラを発していることも要因のひとつではあるけど、それに加えて彼は無駄が嫌いで、仕事のためならどんな非情な選択もいとわない冷血人間ときてる。嘘か本当か、彼にかかわったことで会社を辞めたという人間は、社内外問わずたくさんいると囁かれていた。
近づきたいけど下手に近づいたら仕事にどんな影響が出るかわからない。女性たちの本音はそういったところなのかもしれない。
彼が“モンド”というあだ名で呼ばれるようになったのは、誰かが影で『必殺仕事人』と皮肉りはじめたのが最初だと聞いた。
その後、苗字が“中村”ということで、いつしかそのドラマ『必殺仕事人』の主人公“中村 主水”(なかむら もんど)から“モンド”と呼び名が変化していったらしい。