天に見えるは、月
やはり聞き間違いではなかった。モンドは確かに運転の練習に付き合う、と言った。あのモンドが、だ。
にわかには信じられず、横顔をじっと見つめてしまう。
「……なんだ。文句でもあるのか?」
「い、いえまったく」
慌てて視線を下げると、エアコンの送風口の下にあるドリンクホルダーが目に入った。
そこに置かれていたものを見て、驚愕する。
――紙パックの野菜ジュース。
おそらくモンドは、またサンドイッチの類を買って車内で簡単に昼食を済ませたのだろう。他のゴミが見当たらないところを見ると、単にこれだけ片づけ忘れたのか、それともまだ中身が残っているのか。
あの時、モンドは確かに自分の話を聞いてくれたけれど、受け入れてくれたとまでは思っていなかった。だから、これがここに置かれていることが、意外で仕方がない。
じっと見ていれば、こちらの様子でなにを見ているのか気づかれてしまう。香凛は紙パックから、慌てて視線を逸らした。
本当はどういう人なのだろう、“モンド”という人は。
冷酷無情、自社の人間だけでなく外部の人間にまでも厳しく、容赦がない仕事人。
これまで香凛は周りに散々そう聞かされてきた。自分でももちろんそう感じていた。
でも、今日見た彼は……。
ふと、さっきの鮫島の問いかけが香凛の頭に浮かんだ。
「……課長って、ご結婚されているんですか?」
思わずそのまま口に出してしまったことに、動揺する。
「なんだ、唐突に」
「あっ、いや、あの」
一度口に出したものは今更引っ込められない。どう言い訳しようかと一瞬のうちにぐるぐる考えを巡らす。
「ちょっと、訊かれたもので……」
これでは誰が訊いたのかすぐにバレてしまう。ごめんなさい鮫島さん、と心の中で謝っておく。焦っていたとはいえ、うまい理由は考えつけなかったのかと、香凛は自分が情けなくなった。
香凛の言葉に、モンドは隣でため息をついている。