天に見えるは、月
「モンドは遠目で眺めるのがわたしにはちょうどいいわ」
「わたしは別に眺めたくもないんだけど……」
香凛がため息をつくと、実夏はなぜか笑みを浮かべた。
「でもどんな性格であれイケメンには変わりないんだから、もういっそのことモンドを特等席で見られるんだって割り切ってみたら?」
実夏は他人事だと思って、簡単に言ってくれる。
イケメンを眺めているだけで仕事が終わるなら、そうしたい。
香凛は絶望感に襲われながら、小さくため息をついた。
朝礼後、香凛は総務課長である黒木(くろき)から呼び出しを受けた。
異動のことだろうと察しはついていたものの、他の可能性も捨てきれず緊張しながら応接室に入ると、黒木課長は拍子抜けするほど満面の笑みで香凛を迎え入れた。
「いやぁ橘さん、大抜擢だよ! 営業一課に女性社員を入れたいという話が来た時に、君を推したのはわたしだけどもねぇ、営業部の岩佐(いわさ)部長から直々に『橘さんを是非営業一課に』と言ってきたんだ。他にもたくさん優秀な候補がいたにもかかわらず、だぞ?」
「はあ」と黒木課長の勢いに面食らったまま相槌を打つと、何がそんなに嬉しいのか、黒木課長はゲヘゲヘと下品な笑い声を部屋中に響かせた。
「おいおい、これは本当に凄いことなんだぞ? もっと喜べ」
「そう言われましても……」
「まあ、驚くのも無理はないかぁ」
彼はそう言ってまた下品な笑い声を響かせている。