天に見えるは、月
……怖い。きっと次に来る言葉は「お前は真面目に仕事をしていなかったのか!」だろう。香凛は身を固くして俯いた。
「橘からはどう見えているんだ?」
「……え?」
「俺は既婚者に見えるのか、独身に見えるのか」
問いかけられて、困惑する。まさか、そんな返事がくるとは夢にも思わなかった。
どう答えたらいいものかと必死に考える。多分、この人にお世辞やおべっかは通用しない。だったらありのまま、感じたことを正直に言うしかないのではないか。
「……謎です」
「謎?」
「プライベートなことがまったく透けてこない、というか……」
香凛が本当に正直に思ったことを言うと、隣から「なるほどな」という声が聞こえた。
どう思われただろうか。香凛は怖くなって、ついつい予防線を張ってしまう。
「でも課長はモテるから、ご結婚されていても不思議ではないかと」
車が信号で止まった。モンドが香凛を見る。
「なぜ、俺がモテると思うんだ?」
「え……それは……」
「根拠はなんだ」
普段なら「そうかー?」なんて照れ笑いされて、軽く流されるところだ。無論おべっかではなかったけれど、ここは流してほしかった。
「現に、課長が結婚しているかどうか訊かれましたし……」
「それだけか?」
言葉に詰まってしまう。実際に女性がモンドに言い寄っている現場を見たことがあるわけでもないし、根拠と言われると実夏が騒いでいる程度では材料が乏しい。
香凛が黙っていると、モンドはふ、と小さく笑ったような息を吐いた。
「さっきの様子だけでそう思ったのだとしたら、浅いな」
香凛がすみません、と言おうとすると、それより一瞬先にモンドが口を開いた。
「営業先での俺は“作り物”だ。作り物に興味を持ったり、近寄ったりする女性がいたとしても、それはモテていることにはならない」