天に見えるは、月
言葉の意味がわからず、香凛はモンドのほうを見る。
作り物とはどういうことだろう。さっきの破壊力抜群の笑顔は、心からのものではなく作り笑顔ということ……?
だとしたら、それは営業職に限らず人と接する仕事をしている人間なら、多かれ少なかれそういう部分はあって当然じゃないだろうか。
ただじっと見ていれば、また「なんだ」と怒られてしまう。香凛はモンドになにも聞けないまま、視線をフロントガラスの方へと移した。
「だが、営業では“作り物”でいることは大事なことだ。相手に好かれなけば、話は始まらないし発展もしない」
理由を説明してくれようとしたのか、モンドは淡々とした口調でそう言った。
「それはそう、ですね」
気がつけば車はもう会社の目の前まで来ていた。会社の地下駐車場に入り、モンドは指定の場所に車を停めた。車を降りると、モンドは香凛に車のキーと書類の入った封筒を渡す。
「俺はこのまま、次の取引先に向かう」
モンドは早々に背中を向けた。
「わかりました。いってらっしゃいませ」
香凛が見送ろうとすると、なぜかモンドは香凛の方へ振り返る。
「営業という仕事は観察力と洞察力がものを言う。せいぜい、その辺を磨いて十分観察するんだな」
そういえば結局、既婚なのか独身なのか教えてもらえなかったな、とそれを聞いて気づいた。
香凛はモンドの後ろ姿を見つめる。あっという間に姿が小さくなった。
「俺を観察しろ、ってこと……?」
今日、この数時間だけでモンドがなぜ成績トップでいるのかがよくわかった気がした。
確かにモンドを観察していれば、営業で自分はどうすればいいのか、ヒントぐらいは見つけられそうだ。
「……でも、結婚してるかどうかぐらい教えてくれてもよかったのに」
鮫島に報告できるのはいつになるだろう。
そう思いながら、香凛は車のドアを開けてさっきの野菜ジュースのパックを取る。
中身は空だった。
香凛はなんとなく口元が緩むのを感じながら、小走りに社屋に戻った。