天に見えるは、月
やけに気にしている時計。さっきから何度も着信があるのに、鞄に入れたままになっているスマホ。そして、どこか上の空な様子。
気づかないふりをしていたけれど、ここまでくればもう認めざるを得ない。
――勇作には、他に女がいる。
「あー……」
勇作がシャワールームに入ると、ため息のような落胆の声が出た。それはついに認めてしまった、という気持ちからだった。
香凛はベッドから立ち上がり、脱ぎ散らかしていた下着や服を拾って身につけた。勇作がシャワールームから戻ってきたらすぐに帰れるように。
もう、ここには一分たりとも長くいたくはなかった。
ゴールデンウィークを終えると営業一課は皆、殺気立つほどの忙しさだった。
香凛の仕事は基本的にはモンドのアシスタントだけれど、手の空いている時には他の社員の雑用的な仕事も手伝っている。雑用とはいえ面倒くさいものも多く、香凛は午前中の段階ですでに疲弊していた。
昼休みを告げるチャイムが鳴り、香凛は体を引きずるようにして社食へ向かう。
疲れのせいか、それとも勇作のせいか、ここのところあまり食欲がない。かといってなにも食べないわけにはいかず、一番無難なきつねうどんを注文して席に着く。
「かりりん、きつねうどんにしたの?」
社食には弓削と一緒に来ていた。弓削はゴールデンウィークを迎える少し前から、香凛のことを『かりりん』とわけのわからないあだ名で呼ぶようになっていた。
相変わらず胡散臭いと思いながらも、成り行きで、お互い会社にいる時はほとんど香凛はこの人と一緒に社食で昼食をとっている。
「弓削さんは、今日も唐揚げですか」
弓削の目の前には唐揚げ定食が置かれている。
どれだけ唐揚げ定食が好きなのか、弓削が社食で他のメニューを頼んでいるところを見たことがない。