天に見えるは、月
「たまには他のものも頼んでみようかなって思うんだけどさ、いざ注文の段階になるとやっぱりこれを選んじゃうんだよねー」
「弓削さん、よっぽど好きなんですね、唐揚げ」
弓削は香凛の真正面に座ると、眉根を寄せた。
「それ。いい加減“弓削さん”っていうの、やめない?」
「……は?」
「そうだなー。“弓削っち”ってのはどう?」
今度は香凛が眉根を寄せる番だった。
「……なに言ってるんですか」
自分でも思った以上に冷静な声が出た。
この人は一体なにを考えているのだろう。付き合っているわけでもあるまいし。
弓削はそれに対して困惑するでもなく、ただ口を尖らせている。
「だってさー、なんか他人行儀だし。あと、敬語もいらない」
これは胡散臭い上に、勘違い野郎かもしれない。
香凛はふう、と大きくため息をついた。
一言きちんと言ってやろうと思っていると、弓削があ、となにかに気づいたような顔をする。
「もしかして、僕のこと警戒してる?」
今頃気づいたのか、と眩暈がする。
「だとしたら、ごめん。ただ僕は、かりりんとはなんとなく気が合いそうだなと思っただけなんだ。だから仕事の時以外はもっと気楽な付き合いがしたいなと思っただけでさ。それに――」
弓削はちょっとだけ言い渋るような素振りを見せた後、香凛を真正面に捉えた。
「――僕、女性に興味はないから」