天に見えるは、月


「ねえそれよりさ、今夜の準備はちゃんとできてるの?」

弓削は味噌汁を飲み干すと、さらりと話題を変えた。意地悪そうな顔で言われて、少しムッとする。こっちはプレッシャーで押しつぶされそうだというのに。

「それはもう、弓削さんにアドバイスしてもらったとおり……」

「ゆ、げっ、ち」

「……弓削っちにアドバイスしてもらったとおりに」

香凛が「弓削っち」と呼んだことが嬉しかったのか、彼は満足そうに笑みを浮かべた。

「お酒の注ぎ方は、総務の宴会の時なんかに上司にやっていただろうから問題ないと思うけど、一応ティッシュ多めに持ったりとか、あと今夜会う取引先のデータは頭に入ってる?」

「それは、なんとか……」

今夜、香凛は接待に同席するようモンドから言われていた。相手は駅構内に輸入食品の店を出店させる計画のある会社。取引はあるものの、今後を左右する重要な接待で失敗は許されないと、他の社員からも脅されている。

「今夜の接待が成功するかしないかは、かりりんにかかってると言っても過言じゃないからねー。モンドに怒られないようにね」

「弓削っちまで脅かさないでくださいよ……」

初めての接待はもっと気楽なものにしてほしかった、と香凛は半泣きのままうどんを啜った。


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